コンプレックス 「好きです!付き合ってくださいっ!」 学校の帰りに、突然告白された。 学ラン姿の高校生に。 「先輩のこと、ずっと見てたんです!」 「あー・・・」 下校途中のやつらが、ちらちらと俺たちを見ていく。 目の前の高校生・・俺を先輩と呼ぶんだから高校の後輩だろう・・は、 真っ赤な顔をして、緊張に震えていた。 いや、まぁ・・かわいいとは思うんだけどー・・。 「悪いな。俺、付き合ってる奴いるから」 「う・・・」 泣きそうに顔をゆがめて、それでも、すいません、失礼しました。と言って走っ て去っていった。 「まーた泣かした」 「不可抗力だっての」 男に告白されるなんて、俺は慣れっこだった。 高校が男子校で、俺は男が好きだってことを隠さなかったし。 そういうやつは多かったし。 男に興味がない奴でも、染まっていく環境だ。 寮だったしな。 おかげでよく、後輩にも先輩にも呼び出されていた。 そして、卒業した今でも、俺に告白してくる後輩が、たまーにいる。 俺より、いい男はいくらでもいるだろうに・・・。 隣で楽しそうに笑って見ているのは幼馴染で腐れ縁の仲川和也だ。 もちろん俺がどーいう奴かも知ってるし。 なにより、こいつの兄貴・・仲川義也が俺の、相手だ。 つまり、恋人。 「兄貴に言ってやろ」 「ばっ、やめろよっ!俺は何も悪くねーだろ!?」 告白されたことがバレたら、また何を言われるか・・・。 「別に、ガタイのいいお兄さんに押し倒されたわけじゃなし・・・。 余計なことは言わなくていいんだよ!」 「へー?押し倒されたらいってもいいんだ?」 「そーいう問題でもなくて!・・だいたい、義也は実家暮らしじゃねーだろ」 「ん?そーだけど、今日帰ってくるんだよ?」 「は!?俺、聞いてねーぞ!」 「いってないもん。兄貴が黙ってろって言うから・・」 楽しみだな〜、と和也が嬉しそうに笑う。 くそ、このブラコン兄弟めっ! 裕也は義也を大好きだし、義也も裕也が大事だし。 ったく・・・。 ぶすっとした俺を見て、裕也がニヤニヤと笑う。 「何なに?敬ってばヤキモチやいてんの?」 「誰がっ!」 ヤキモチなんか妬くかよ、今更。・・って、思ってる。頭の中では。 「ふーん?でも、兄ちゃん言ってたなー。家族団らんを敬に邪魔されたくないから、 実家に帰ることは黙っててくれって」 「素が出てるぞー」 兄貴が兄ちゃんになっているのを指摘してやると、裕也はわざとらしく咳払いした。 くそっ、兄貴自慢しやがって。 あー、もう。本当に楽しそうだな。 今更そんなことをいわれたくらいでヘコんだりしないっての。 「じゃ、帰ってくる大好きなお兄ちゃんに言っといてくれ。帰ってくるまで、 ずーっとマンションのドアの前で待っててあげるってな」 「うわ、ずりぃ」 どっちが、と思ったが口には出さない。 「ばーか、冗談だよ。今さら、お前に張り合う気なんかねーよ」 「そーかぁ・・?」 怪しむように顔を覗き込んでくるから、俺は裕也の頭を思いっきり叩いた。 「ってーなぁ!なにすんだよ」 「むかついたんだよ。ま、せいぜい兄ちゃんに甘えればー?俺は家で一人さびしく過ごしますよー」 「ほんっと、いやなやつだな!」 「お互い様だろ? んじゃなー」 俺は裕也にひらひらと手を振って、自宅へと向かった。 そう・・義也の自宅へ、と。 「さっみーっての・・」 俺は手袋を持ってこなかったことを後悔した。 コートのポケットに手を突っ込んで義也が帰ってくるのを待つ。 確か今夜は雪だったっけ? 寒いはずだよなー。 はーっと白い息を吐く。 空に上って、消えていくそれをぼーとっと眺めていた。 日付が変わっても帰ってこなかったら、帰ろう。 そう思って俺は義也の部屋の前に座ったまま、ただ、待っていた。 もうすぐ日付が変わる。 はー・・。帰ってこなかったか・・・。 俺は立ち上がってパンパンと尻を叩いた。 「くっそー。このくそ寒い中待ってたってのに・・・」 確かに、裕也に言った伝言は冗談だって言ったけどさ。 きっと、義也は裕也に、普段は見せないような優しい笑顔を向けて。 裕也はいい年にもかかわらず、義也に思いっきり甘えてるに違いない。 時計がぴぴっとなって、12時になったことを教えた。 「・・・・・かえろ」 俺は立ち上がって尻をパンパンとはたくと、かばんを手にした。 人気のない道は静かで、静か過ぎて居心地が悪かった。 俺の両親は共働きで、めったに家に帰ってこない。 世界中をいったり来たりしている。 だから、俺はほぼ一人暮らし同然で。 よく、義也の家に泊まりに行っていた。 俺は、静かな空間と、暗いところが、苦手だった。 「あ、雪降ってきた」 俺は首をすくめて、マフラーに口元をうずめると、今度こそ、自分の家へと歩き始めた。 そのとき、 「敬っ!!」 後ろから、呼ばれて、俺は足を止めて振り返った。 「・・・・・義也・・」 「何してんだ、こんなことでっ!?」 「なにって・・・義也を待ってたんだけど?」 俺は、何を当たり前のことを、と首をかしげた。 会えて、本当は嬉しいのに。ホント、素直じゃないって、自分でも思うよ。 「ここでか!?どーして中で待ってねーんだよっ」 「入り口オートロックなこのマンションに、鍵もなにも持たない俺が、入れる分けないでしょー?」 「電話の一本でもすればいいだろうが」 「言ったじゃん、帰ってくるまでマンションの前で待ってるからーって」 裕也にだけど。 「裕也が言ってたが・・まさか、ほんとに待ってるなんて・・・」 「ほんとに待ってて悪かったね。じゃ、俺はもう帰るから。 12過ぎても帰ってこなかったら帰るって決めてたんだ」 「今、会えただろう」 「今じゃ意味ないの。俺は帰るって決めたの。これは、義也が俺か裕也のどっちをとるか・・・。 賭けだったんだから」 「敬・・」 「じゃ、義也。またね。暇なときに連絡してよ」 「よっていけ」 「いやだ」 「お前に拒否権はないんだよ」 そういうと、義也は俺の手を引いてマンションに入っていく。 「ちょ、義也!帰るって言ってるだろ!」 俺も、裕也も、だなんて、調子がよすぎるだろ! 「俺が許さないと言ってる」 「知るかよ!」 「黙れ。近所迷惑になる」 エレベーターに乗せられ、俺は強制的に義也の部屋に行くことになった。 「何か飲むか?」 「いらない」 「体が冷えてる。風呂に入って来い」 「いい」 「敬」 「い・や・だ」 俺はソファーの上に座って、義也に背を向けていた。 暖房をつけた部屋でも、まだちょっと寒いけど。 そんなこと、義也には関係ない。俺は帰るっていったんだ。 「敬」 義也の声が低くなる。 この短気ヤロー・・ 「そんな声出したって知るか!俺は怒ってんだよっ」 後ろから、はー・・と深いため息が聞こえる。 「・・・・・」 「なら、勝手にしろ。俺はもう寝る」 「風呂は?」 「裕也と入ってきた」 18と28の男が、一緒に風呂になんて入ってんじゃねーよっ!!! 「あっそ。んじゃ、お休み」 「あぁ。・・いっとくが、風邪を引いても、看病なんかしねーぞ、俺は」 義也が、ネクタイを外しながらそういった。 その仕草が、かっこいい・・と思ってることは、義也には内緒だ。 ・・・ばれてるかもしれないけど。 「いらねーよ。家に帰るからっ!とっとと寝ちまえっ!」 義也はまた、ため息をついて寝室へと戻って行った。 くそっ・・・! 俺は、俺は・・・。 「なんだよ・・俺が悪いのかよ・・・」 俺は小さくそう呟いて、そのまま、リビングのソファーに横になった。 帰りたい、でも、帰りたくない・・・。 だって、今帰ったら、次いつ会えるかわからない。 俺と裕也とだったら、義也は裕也をとるから。 きっと、俺と裕也が一緒に風邪を引いたら、義也は裕也の看病にいくだろうから。 好きで、ただ、義也のことが好きで・・・。 ブラコンだってわかっていても、好きになった。 俺は、いつも二番目で。 なのに、こんなにも・・・義也が好きだ。 片想いのような、恋人関係。 「俺だけが、好きなのかよ・・・」 その疑問に返って来る返事は、なかった。 朝、目が覚めると、そとはまだ薄暗くて。 時計を見ると、6時過ぎだった。 寒くって、もそもそと毛布に包まる。 そして、気付く。 ・・・義也、毛布かけにきてくれたんだ・・・。 どうせだったら、ベッドに連れて行ってくれたらよかったのに。 そう思ったけど、それでもちょっと嬉しくて。 俺は毛布にうずくまった。そしてそのまま・・再び夢の中。 ゾクゾクとした寒気を感じて、俺は再び目をあけた。 あれから、一時間が経っていた。 「ん・・・さむ・・」 「こら、いい加減起きろ」 バサっと毛布が剥ぎ取られて、俺は体を縮こまらせた。 「うー・・・」 寒さに体を震わせて、俺は体を起こした。 「・・・はよ」 「俺は実家に行く。・・・お前、顔紅くないか?」 「別になんともない。ってか、なんで実家?」 「裕也が風邪を引いたらしい。昨日は寒かったのに湯冷めして、冷えたまま寝たんだと」 はいはい、また裕也、ね。 大の大人が。会社社長様が。 弟にはめっぽう弱いブラコンだなんて、世間様には絶対言えないな。 「おい・・」 「気にしないで行けよ。あぁ、俺がいたら出れないか。じゃ、俺も家に帰るから」 立ち上がると、頭がくらっとした。 ちょっとよろけるけど、大して気にしないで、俺は鞄を手に取る。 やばいな・・マジで風邪引いたかも・・・。 冷房ガンガンの部屋で裸で寝たって風邪引かなかったのに・・。 やっぱり冬は違うのかな。 「お前、熱あるだろう」 「しらねーよ」 あぁ、ホント俺ってば可愛くない。 具合悪いって、素直に言えばいいのにさ・・・。 でも、風邪引いたからって熱があるとは限らないしな。 熱なんかないだろ。 それよりも、早く家に帰って風呂に入って、寝てしまいたい。 体がだるいのだ。 「敬・・お前・・・」 「何だよ。早く裕也のトコ、行ってやれよ。心細い思いして待ってんじゃねーの?」 「敬」 「俺は帰って寝る。まだ寝たりないから。それじゃーな」 クラクラする頭をこらえて、俺は歩き出した。 玄関で靴をはいて、ドアに手をかけると、後ろから肩を捕まれた。 「なに・・」 「ついでだ。送っていく」 「何がついでだよ。反対方向じゃねーか」 「お前は・・。いい加減、意地を張るのはやめろ。おくる」 「いらねーよ!離せっ!かえるっ」 俺は義也の手を振り切ると、そのまま走ってマンションを後にした。 どうやって、家に着いたのかは、全然覚えてない。 気付いたら、自分の部屋のベッドに倒れこんでいた。 ホント、素直じゃない。可愛くない。 なんで義也と付き合ってるんだろう。 あぁ、会いたい・・。本当に、会いたい。 よしや・・よしや・・・・。傍にいて欲しいよ。 一度でいい。たった一度でいいから。 裕也より、俺をとってほしかった。 「よしやぁ・・・」 つらい・・。風邪って、いつ以来だっけ? 最後に寝込んだのは・・・確か中一の時だっけ? だるい体と痛む頭に涙が滲んできた。 それから逃げるように俺はきつく目を閉じて、無理やり眠りについた。 ふっと意識が浮上する。 だるさと頭痛はさらにひどくなってる気がする。 「敬・・まったく・・・」 声・・こえ・・。なんで?誰かいるのか? 「本当に・・。俺だって、たまには素直になってもらいたいんだぞ」 そんなこと、言ったって・・。 無理だよ、そう言う性格だもん。 ひやりとした感触がおでこに触れた。 冷たくて、きもちー・・ 腫れぼったい瞼を無理やり持ち上げて、俺は声の主を探した。 「何だ、目が覚めたのか?」 「・・・・・よ、しや・・・?」 なんで・・・。 「全く。こんなに熱出して」 「ど・・して・・」 かすれた声しか出なくて、喉は凄く痛かった。 「あのな・・。朝、あんなふらふらで帰られたら誰だって心配して様子を見に来るだろうが。 無用心だぞ、鍵が開いてたからな」 「・・・看病なんかしないって、言ったくせに・・」 「お前、それが、今までついててくれた奴に言うセリフか?」 義也が少し怖い声を出す。 「・・・そんな、怒んないでもいーじゃんか・・。 んなことより、裕也はどうしたんだよ。 ついてなくていいのかよ・・」 「ほんっと、可愛くない奴だな」 そう言って、義也は俺の頭を優しく撫でた。 セリフと行動が一致してない。 俺はその手が冷たくて気持ちよくて、頬を摺り寄せた。 「・・・本当に、お前は・・・」 「ん、なんだよ・・・?」 「そんだけ、喋れるんなら大丈夫だな」 「だから、初めから平気だって、言ってるだろ」 「・・・わかった」 義也の手が離れていく。 それが、とても寂しかった。 「裕也の所に戻るとしよう」 義也が、俺に背中を向ける。 切なくて、なきたくなった。 なんで、いっつも裕也ばっかり。 俺は?ねぇ・・俺は、どうでもいいの? 俺は、義也の何・・? 俺は無意識に、義也の羽織ったコートの裾を、腕をいっぱいに伸ばして掴んでいた。 義也が俺をびっくりしたような顔をして見ている。 「敬・・・」 「・・・なに・・・、あ。ごめん・・・」 俺は掴んでいたコートを離した。 だけど、義也は立ち去ろうとしない。 「なんだよ・・・」 「悪かった」 「・・・?」 「だから、泣くな・・」 なく?俺・・?なに、俺泣いてんの?うわ、ひきょーくせぇ。 女々しい自分に尚更なきたくなってくる。 「何処にも行かない、心配するな。ここにいるから・・」 「でも・・」 「あのな。裕也と敬とだったら、敬についてるに決まってるだろう。悪かったな。意地悪しすぎた」 具合悪いのにな、と義也はまたベッドの脇に腰を下ろして、俺の頭を撫でてくれた。 涙を拭ってくれる。 ほんとに俺泣いてたんだ。 「・・・ほんとに?」 「ん?」 「ほんとに、俺についててくれるの?寝たら、裕也のトコに行ったりしない?」 「しない。ずっとついてる」 「ほんとに・・?」 「お前な・・俺をなんだと思ってるんだ」 「・・・ブラコン、サド、意地悪、きち・・」 「いい、何も言うな」 義也はこめかみの辺りを押さえて低くそう言った。 「お前は、俺が裕也の方をとるって思ってるのか?」 そう聞かれて、俺は間をおかずに頷いた。 すると、はーとふかーいため息が聞こえた。 「あのな。お前は俺の恋人だろう?恋人が熱出してたら心配するし、 付いててやりたいって思うのは当然だろうが」 「・・・俺のが、大事?俺のが、裕也よりも上?俺の方が好き?ねぇ、好き・・?」 「好きだよ、お前の方が好きだよ。大体、家族と恋人は比べる対象じゃねぇだろうが」 「だって・・」 「それに、こんな可愛く迫られたんじゃぁな・・」 ニヤリと意地悪く笑う。 「さっき、可愛くないって、言ったばっかりのくせに」 「可愛いよ、お前。言っとくがな、お前を可愛くないって思ったことなんか一度もないぞ」 「・・ぇ」 「敬は可愛いよ・・。ほら、そんな目で見るな。襲いたくなる」 「な・・っ」 「治るまで、ずっとついててやる。だから、さっさと寝ろ」 「ホントだからな?絶対だぞ・・・?起きたとき、いなかったら・・」 「心配するな。ちゃんといる」 俺は嬉しくなって自然と笑顔が浮かんだ。 義也を、独り占めしてる。 「・・・ずっと、風邪引いてたいな。 そしたら、ずっと・・義也は俺だけ・・のだ・・」 寝すぎてもう寝れないって思ってたけど、安心と心地よさに包まれた俺はすんなりと眠ってしまった。 「あんまり、可愛いこと言うなよ・・我慢できなくなるからな」 とりあえず、早くよくなってくれないと満足に手も出せないな。 義也はそう言って、起きた時にすぐ食べれるようにと、お粥を作りに行こうとした。 しかし、それは敬によって止められる。 しっかりと手を握られていたから。 「仕方ない。もう少し、ここにいるか」 上げかけた腰を下ろす。 寂しい想いをさせたぶん、今は甘やかしてやろう。 そう思いながら、眠っている敬の頭をまた、優しく撫でた。
ベタシチュ万歳!!(笑) 戻