君のウソと僕のウソ
簡単に始まった関係だった。
なんとなく興味があって、僕が彼を呼び出した。
「なんスか?」
「リョーマ君さ、付き合ってるコとか、いる?」
「?いませんけど」
「じゃ、好きな子は?」
「いませんよ」
「そう、よかった」
「・・・それが不二先輩になんの関係があるんですか」
「うん。あのさ、僕と付き合ってみない?」
「なんで?」
「なんでって・・・。君が好きだから」
ウソをついた。嘘だった・・。
そんなハッキリした、確信的な気持ちは僕の中には欠片もなかった。
「いいですよ」
ビックリした。
好きだと言われて、OKの返事がくるなんて。
「・・ホントにいいの?」
思わず訊き返してしまうくらい。それくらい以外だった。
「・・・イヤなんすか?じゃ、今の返事はなかったことに」
そう言って去っていこうとする彼の腕を、僕は反射的に掴んでいた。
どうして、引き止めてしまったのか解らない。
「よろしく、越前」
「こちらこそ」
そうして、僕たちの関係は始まったんだ。
―――――――
別に、何も変わることなく、僕たちは日常を過ごしていた。
一応、これといった変化もなく、付き合って1週間過ぎたとき。
昼休みに、越前が僕の教室に来た。
ビックリした。
「おチビじゃーん。どしたのー??」
「不二先輩に用事が」
「不二?」
「越前、どうしたの?」
英二の後から、僕はいつもどおりの笑顔で迎えた。
「昼、一緒に食ってもいいです?」
「え?」
そう言って挙げた手には弁当箱。
「ダメなら、戻ります。」
「いいよ、一緒に食べようか。英二も居るけど、いいかな?」
「いーですよ」
英二がビックリしたような顔をしてたけど、嬉しそうだった。
僕はどうして越前が来たのか解らなくて。
「どうしてまた、わざわざ僕のトコに来たの?」
「だって、付き合ってるんでしょ、俺ら」
僕のそんな間抜けな質問に、彼は事も無げにそう言った。
さらっと言う彼に、僕も驚いたけど、もっと驚いていたのは英二だった。
「ちょっと、なに??付き合ってるって?・・・・えー!?」
「英二、静かにしなよ」
「付き合うって、こういうことじゃないの?」
弁当を食べながら、僕のほうを見ようともしないで。
僕は、そんな越前に何もいえなかった。
特に会話もなく、ただ黙々と三人で弁当を食べる。
越前君はさっさと食べ終わってもう、弁当箱を片付けてる。
「ごちそうさま。それじゃ、教室に戻りますんで。迷惑ならもうこないけど」
「そんなことないよ。」
「じゃ、また部活のときに」
そう言って、越前は自分の教室に戻っていった。
らしくもなく、その日の午後の授業はずっと上の空だった。
今日、部活が休みでよかった。
帰り。昇降口へ行く。
靴を履いて、外に行こうとして、彼を見つけた。
壁にもたれかかって、誰かを待っているようだ。
まさか・・。
越前がこちらを向く。
「あ、おチビー!・・不二のこと待ってたの?」
「っす。」
英二は越前に抱きついた。
「・・・なにか用かな?」
なんでか、イライラする。
「一緒に帰りません?」
「・・・そうだね、いいよ。帰ろうか。」
「俺も一緒にいー?」
英二がでしゃばってくる。
イライラする。
「ダメ。英二、またね」
そう言って、英二を残して越前と歩き出した。
―――――――
門を出て、ただ無言で、越前と歩いていた。
「・・英二先輩、よかったんですか?ほっといて」
「大丈夫だよ、大石がいるしね」
「はぁ・・。」
そして、また沈黙。
「・・・ねぇ、不二先輩。」
また、口を開いたのは彼。
「なにかな?」
「先輩は、こういうのいや?」
「・・こういうのって?」
「お昼を一緒に食べたり。一緒に帰ったり。こういうのイヤ?」
「そんなこと・・」
そんなこと、ない。と、はっきりいえなかった。
「無理しなくて言いっすよ?」
言いよどむ僕に、越前が言い放った。
「無理って?」
「だって、先輩。俺のこと好きじゃないでしょ?」
「・・・なに言ってるの?」
「俺にだって、そのくらいわかります。安心していいよ。別に、本気にしてたわけじゃないし。」
僕の前を歩いている越前の表情は伺えないけど。
それがウソだと、すぐにわかった。
彼は、人の目を見て話す人だから。
どんなときでも、誰にも負けない強い瞳で。
まるで挑発するように、まるで誘うように。
そう思って、気が付いた。
彼と付き合い始めてからの一週間の間、一度も越前の目を見ていない。
彼のウソは、彼を傷つけている。
彼は僕のウソに、傷ついている。
「越前・・」
「なんすか?」
「好きだよ・・」
「だから、嘘つかなくていいですって。」
「好きなんだよ。」
そうか。
僕は・・・。
好きだったんだ。
気づかないうちに。
いや、初めから。
まだ信じてない様子の越前を、僕は後ろから抱きしめた。
気づけば、僕の家の前。
「ちょ、不二先輩!?」
「好きだよ、信じてくれる・・・?」
「わかった!わかったから離れてっ」
慌てた様子で、そんな彼が可愛くて。僕は抱きしめる腕に力を込めた。
腕の中で、越前がもぞもぞと動き、伺うように腕の力を緩めたら、こちらを向いた。
「・・・ほんとに、好きなんすか?」
僕の胸におでこをくっつけて、小さな声で。
「好きだよ・・。」
「でも、初めて、そう言ったときは、違った。」
「ごめんね・・・?」
とても、越前が小さく見える。
コートの中では、助けも要らないくらい逞しく見えるのに。
「俺は・・・。初めから好きだった・・・」
越前の小さな告白を、僕は黙って聞いていた。
かわりに、抱きしめる腕に力を込めて。
「だから、先輩が、付き合おうって言ってきたときは、ビックリして、嬉しかった」
「・・・うん」
「でも、先輩が好きだって言うのを聞いて、ウソだってわかって。凄く、つらかった」
「どうして、OKして、くれたの・・?」
「ウソでも、いいと思った。うそでも、好きだって言ってくれる。
ウソでも、自分のモノになってくれるなら、それでいいって思ってた・・・。」
片想いより、よっぽどつらかったと、越前は言った。
自分の気持ちに、ウソをつかなくなったから、と。
僕の心は罪悪感でいっぱいになった。
「越前・・・?」
顔を挙げさせると、大きな目が赤くなっている。
泣いてはいないけど、泣きそうなその目は、それでも強さを無くしていない。
その顔に、顔を近づけていく。
越前の顔はキョトンとしていたけど、僕は越前君にキスした。
優しく、優しく。
「っ!!!」
「上がっていくでしょ?」
僕は自分のうちを指差した。
「行きます・・・」
赤くなった顔で、ぶっきらぼうな声で、そう答える。
ま、断られても、家に入れるつもりだったけど。
こんな越前を一人で帰らせることなんて出来ないしね。
越前を、家に上げる。
「リョーマ君。よろしくね」
「・・・っス。」
うなづくリョーマ君に、にっこり微笑む。
これが、本当の始まり。
書きにくかった、不二先輩(汗)
作中の「彼」はもちろん「越前」ですが。
「越前」と「彼」と最後の「リョーマ君」とを分けたのは業とです、ハイ・・。
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