++Love Diary 12/31++ -second- 「は!? 出張!!? これからっ!!!!?」 『一応、関東ではあるんだけど、なんかすげー寒いとこらしくってさ』 だから、頼む。 「や、そりゃ新ちゃんを守るためのことなら、全然まったく吝かでないんだけどさ。 でも出張って…今日の日付、分かってる?」 『12月31日だろー? 高木さんなんて、せっかく事件がなきゃ佐藤さんに年越し デートの予約入れてたって言うのに、気の毒だよなあ』 うんうん、と頷いているらしい電話の向こうのコイビトの様子に、快斗は、 はーーー…っ、と深い深いため息をついた。 確かに、全国の警察官がライバルである高木刑事の、ささやかな幸せが幻と消 えたのは、気の毒だと思う。それ以上にモテまくる人をコイビトに持ち、お邪魔虫 が掃いて捨てるほどいる快斗としては、ある意味ほかの誰よりも彼の気持ちはよ く分かる。 けれども。 「……あのさ、新ちゃん。ちょっと訊くけど、オレたちも今年こそは、誰にも邪魔され ずにゆっくり年越ししようって言ってたこと、覚えてますかぁ?」 去年の年越しも、それはそれで楽しい過ごし方だったけれど、やっぱり新婚であ る以上は、二人っきりでの年越しというのも憧れる。 だからこそ、今年は!と意気込み、今年デビューの新人であるにも関わらず、快 斗は、カウントダウンイベント等の仕事が一切入らないよう、マネージャーの寺井 を巻き込んで、事前に細工していたのに。 そして新一も、普段は快斗が仕事を疎かにすると、烈火のごとく怒るにも関わら ず、この件に関しては、「そうだな、そういうのもいいかもしれねーな」と、照れたよ うにしながら素直に頷いてくれたというのに!!!! (そりゃ、新一が根っからの探偵で、しかもお人好しさんなことは承知してるけど〜) 一度舞い上がって喜んだだけに、がっかりもいつも以上だ。 が。 『あ、オメー今、オレに対してすっごくシツレーなこと考えただろ!』 てっきり、約束を忘れ去っていたことに狼狽した声が返ってくるかと思いきや、な んだか新一はご立腹の様子。ムッ、と口を尖らせた顔が容易に想像できてしまっ て、可愛いなあと思わず笑み崩れる一方、周りに誰もいないだろうな!?と心配にもなる。 まあ、警視庁でこんな話をしている以上、恐らく人のあまりいない、目立たないと ころにいるんだろうけど。 『そりゃ、大晦日だってのに、一緒にコタツでぬくぬく年越しそば食ったりできねー のは、悪いと思ってっけどさ』 でも、自分は探偵で .携帯の電源を切ってなかった以上、事件が起きて協 力要請があれば、それに応えるのが当然だ。 そしてその上で、コイビトとしても精一杯の努力をするのが、当たり前だと思って いるから。 『そこに、オレがどうしても自分で見て確かめたいことがあって…でもそれさえ確 認できれば、事件は片付くから。上着持ってきて、そのままお前も車で一緒に来 てくれねーか?』 警部には、もう了解とってあるし。 「…へ?」 『東都を離れて、知らない土地で一緒に年越しなんてのも、インパクト強くていい んじゃねぇ?』 「しんいち…」 『勝手言ってる自覚は、あるけどさ…』 オレだって、お前と二人での年越しを、楽しみにしていたんだ。 「しんいち…!」 威勢のよかった声が、だんだん尻すぼみになっていって、最後は呟くように言わ れた言葉に、快斗は一瞬でも疑った自分を恥じた。 いつもいつも、自分が新一を想う以上に、新一は快斗のことを想ってくれている と、知っていたはずなのに! 『かいと…?』 「すぐ行くから、待ってて! えっと、お泊りセットの用意も要る? ご飯とかどうする の?」 携帯から聞こえた小さな呼びかけに我に返った瞬間、快斗は答えを返しながら 行動に移っていた。 コタツを出て電源を切り、テレビも主電源を落として、キッチンに食料の確認へ。 常にはたてないはずのバタバタという物音に、快斗が話しながらしている行動が 分かったのだろう。 クスリと小さく笑った声は、もういつもの新一だった。 『飯はゼヒ欲しい。たぶん、移動の最中に食えるだろ。だから、車の中で食えるも のな。年越しそばやらお節やらは、事件が解決してからまた考えようぜ』 「リョーカイv 食べやすくてあったかいもの用意する」 『おう。あとお泊りセットは…オメーの要望次第だな。ただ、今日行っていきなり泊 まれるとこなんて無いと思うし、オレとしてはそのまま帰るんでもいいんだけど』 「ん、じゃあそのへんも、事件が片付いたときの状況で考えよ。とりあえず、どう転 んでもいいようにしてくからさ」 『任せた。じゃ、後でな』 「うん! ありがと新一。愛してるよv」 『…ばーろぉ!』 んな、先刻承知のことを言ってる暇があったら、さっさと来やがれ! 「うんv じゃ、すぐ後でねv」 『…おう!』 声まで羞恥に真っ赤に染めて、それでも精一杯の愛の言葉をくれる、世界一照 れ屋で世界一可愛いコイビト。 快斗は、回線がすでに切れていると知りながらも、それまで愛しい人とつながっ ていた携帯に、軽くキスを落とした。 …警視庁の廊下の隅で、新一もまた、同じようにしていたことを知らずに。 防寒具と車中での食事を用意し、哀に出かける旨を知らせ、エーゲブルーのプ ジョー206ccが警視庁に着いたのは、それから30分後のことだった。年末の道路 事情を考えると、否、それがなくても驚異的な早さである。 携帯で到着を察知し .ちなみに快斗謹製のカーナビ&携帯は、強力なGPS により互いの場所を相互に確認・通知するシステムを備えている .、庁舎の外 に迎えに出ていた新一も、所要時間のあまりの短さに、半信半疑で出てきたのだが。 「おっ待たせ〜♪」 「…オメー、どこ通ってきたんだよ」 もちろん、快斗作のメカが故障するなんてことは、あり得なかった。 「実は、ナイショの話なんだけど…」 そこで声を潜めた快斗に、すぐ出られるよう、一緒に待っていた警部以下捜査一 課の面々も、思わず耳を澄ませる。 一瞬、「スピード違反の自己申告でもする気か!?」と焦った新一に、けれど気障 な魔術師は、ぱちんと綺麗なウィンクをして見せ。 「一刻も早く新ちゃんに会いたいと思う気持ちが、車に翼を与えてくれたのですv」 「…バかいと…!!!!」 観衆の注意を一身にさらった最高のタイミングで、惚れた弱みを抉るのが無意 識に上手いコイビトと、彼をさらった刑事たちに、ちょっとした意趣返しを込めて、さ らりと惚気てみせたのだった。 演出好きの本領発揮、である。 「さーすが黒羽くん、言うことが違うわねぇv」 それぞれの意味で赤面しつつ撃沈されている一同のなかで、やはり立ち直りが 早いのは紅一点。 つくづく、女性は順応性が高い…と、オジサンたちと一緒に感心している名探偵 は、ただいま現実逃避中。 しかし、こういう場面では、往々にして沈黙は金とならないことを、経験上いやと いうほど知っているので。 「や〜、そんなに褒められるとさすがにオレも照れますね〜♪」 「バ快斗っ、褒めてんじゃねぇ、呆れてるんだ!!!!」 即座に戦線復帰を果たした。 ちなみに、これでもまだ、学習効果と言うには甘すぎるというのが、哀の意見 だ。曰く、「黒羽くんの惚気&見せつけ攻撃なんていつものことでしょうに、なんで こうも慣れないのかしら」。 そのココロは、「望んでもいない私が慣らされてるっていうのに…」とのことで、 蘭や園子、おまけに青子あたりが聞けば、大いに頷くことだろう。 「もー、工藤くんたら照れなくてもいいじゃなーいv」 「やめてください佐藤さんっ、この馬鹿は、おだてたら木登りどころか、外宇宙まで 飛んでくヤツなんですから!」 「そのときは、新一も一緒に行こうね〜v」 わぁい、新ちゃんと宇宙旅行♪ 「黙れバ快斗〜〜〜っ!!!!」 「く、工藤くん…そろそろ出発したいんだがね…」 ピンク色の空気を振りまくバカップルを前に、撃沈されっぱなしの部下たちを見か ねて(何気に自分のダメージは無視)、また現実的にも、遊んでる場合ではないこ とを思い出して。 この見せつけ&当てつけが、新一との時間を奪った自分たちへの仕返しである ことを、よ〜〜く理解している目暮は、目の前でむぎゅむぎゅと抱きしめられてい る新一に、控えめに助けを求めてみた。 ちなみに、真っ赤な顔で暴れながらも、新一が快斗に向ける視線や仕草にはど こか甘さが伺えて、それがまた、刑事たちを撃沈してくれているのだが、もちろん 本人はまったく気づいていない。 「め、目暮警部っ」 そうですよね、こんなとこでぐずぐずしてるバアイじゃないんですよねっ! すぐ出ましょう!と、快斗の腕を振りほどいて、あたふたとプジョーの車内に逃げ 込んだ新一を、心底愛おしそうな瞳で見ている快斗は、それだけ見れば正に「理 想の恋人像」なのだが。 「黒羽くんも…その、こんなときに悪かったね」 「いえ、構いませんよ? 新一に、携帯の電源を切るよう言わなかったのは僕です し、一般人の僕まで同行させていただけますし」 にこにこにこ。 ((((…だから、その笑顔が怖いんだよ…))))) 最近では、イベントの時期に難解な事件が起きると、別の意味で胃が痛くなる 捜査一課だった。 「何やってんだよ快斗、早くしろよ!」 「はーい、いま行きまーす」 窓が開いてお声がかかった瞬間、それまで押し寄せてきていたプレッシャーが、 見事なまでに霧消して。 「あれも一種の才能ですよねぇ」 運転席に乗り込む、何事も無かったかのような笑顔の快斗を見送って、感心し たように言う佐藤刑事に、目暮はハハハ…と乾いた笑いを返した。 (アレを見てそんな感想を言える君の心臓も、ワシには一種の才能に見えるよ…) (あ、あれくらい…いや、黒羽くんほどの強気は僕には無理だから、その三分の一 くらいなら…! 強気に出ても、佐藤さんは許してくれるかも…!?) その後ろで、ひそかに何やら算段する高木刑事。 (見習うのはいいけど、あっちは既婚者なんだってことだけは、ちゃんと覚えとけ よ、高木ぃ) そんな高木の考えなど丸見えで、ひそかに危惧する千葉刑事。 なんだかんだ言いつつ年末の警視庁、意外にヘイワなのかもしれなかった。 * * * 結局、事件そのものは、電話で新一が告げたとおり、さして複雑なものではな かった。ただ、その裏にあった事情−−−事件の隠れた動機となっていたもの を、新一がちゃんと確かめておきたかっただけ。きっと、それがあるのと無いのと では、送検時の検察の心証が違ってくるからだろう。 と、いうのは、快斗が勝手に推測したことだけど、たぶん外れてはいない。 「−−−−悪かったな、こんなとこまでつきあわせちまって」 「んーん、新一こそお疲れ様」 高木刑事が運転する車に先導されて、二人が来たのは、関東北部のとある町。 高速は、早くも初詣に行く人々の車で混んでいたけれど、赤色灯をつけた高木 の車の前に、障害物は何も無かった。もちろん、同乗していた目暮による、始末 書覚悟の、実に個人的な理由(=早く快斗のプレッシャーから逃れたい)からの指 示である。 その甲斐あってか、新一が予想していたよりも早い時間に現地に到着し、目的 のものを見つけて後事を目暮に託して解散したのも、ぎりぎり大晦日のうちのこと だった。 捜査主任として立ち会い、新一によって示された事実を調書にまとめる責務の ある目暮と高木は、ここからが仕事の本番。新一に礼を述べ、快斗に詫びると、 慌しく東都へとんぼ返りしていった。 慌しく、の理由は、仕事の他にもあったかもしれないが。 「警部たちも大変だよな」 「ま、それが仕事なんだから仕方ないっしょ」 「…オメー、警部をいびるのはやめろよな…」 「あれ、気がついてた?」 とりあえず、近くにあったコンビニの駐車場−−−余談だが、このあたりのコンビ ニは、広くて停めやすい駐車場がある店舗ほど集客率がいいのだ−−−に車を移 動させ、すっかり冷えてしまった体を快斗持参のコンソメスープで暖めながら、新 一は性格の悪いコイビトを半眼で眺めやった。 第二の舅イビリが発覚していたことを知っても、けろりとまるで悪びれないあたり が、ますます始末に終えない。 「快斗ってさ、意外とちっせぇことにこだわるよな」 「え」 ゆえに、こちらの攻撃も容赦なく。 「臨機応変が利かないっつーか」 「えっ」 聞き捨てならないことを言われて、ひそかにガ〜ンッ、とショックを受けながらも、 快斗はかろうじてポーカーフェイスを保ったまま、爆弾発言をした新一を見返した。 「この怪盗にそんなことをおっしゃるのは、名探偵くらいのものですよ」 が、何気にキッドモードになっているあたりが、動揺の大きさを伺わせる。 無論、新一はすべてお見通し。 (フンッ、伊達にオメーの隣にいるわけじゃねぇんだぜ) 確かに怪盗として、また人間としては、快斗ほど機転の利く男もそういないだろ う。そう、新一の男としてのコンプレックスを、密かに刺激するくらいに。 けれど、恋人としては。 (独占欲の権化で、ダメダメなんだよなぁ♪) ことが新一に関わるものになると、途端に快斗は、世界一狭量で頭の固い男と化す。 なんでもできる男が、自分に関わることにだけダメダメになるのを見て、もちろん 新一が嬉しくないはずはない。 けれども。 「あの、新一…?」 「オレは、年越しの瞬間にオメーがいて二人きり、っていう条件さえあれば、場所 が変わっても全然構わないと思ったんだけどな?」 「!!!」 探偵とマジシャン、互いに多忙で、いつ予定が駄目になるか分からない恋人同士。 だったら、一番重要なところ−−−−二人一緒に過ごすということだけおさえて、後 は出たとこ勝負と思っている方が、余計な負担がかからなくていい。 「そう、思ってるんだけど…オメーはどうも違うみてーだな」 「や、別にそんなことはっ…!」 思いがけないことを言われて、咄嗟に脳みそがフリーズしたらしい快斗に、意地 悪く笑って。 「ま、しゃーねーか。オメー、段取り魔だし」 「うう…」 「それとも何か、オメーは一人でも家でごろごろぬくぬくしてる方が、オレに呼ばれ て、こんな寒いなか遠出するよりよかったか?」 「そんなわけない!」 分かってるくせに! 「う〜…なんか今日の新一、イジワルだぁ…」 「るせー、んなの、オメーのせいだろ」 「それも分かってるけどぉ…」 ふにゃあ、とシフトレバー越しに倒れかかってくる快斗を、このへんで赦してやる かと、新一も抗わずに受け止める。 もちろんお互いに、店の裏側で暗い場所に駐車してあること前提の行動だ。 「オレだってさ、オメーが前々からなんかすっげー嬉しそうに、いろいろ用意してる のが無駄になるのは悔しいんだぞ?」 でも、快斗さえ一緒にいれば、たとえ何の準備も無くたって、自分が楽しくないと 思うわけがないと、知っているから。 「うん…新一大好きv」 「納得したか、バ快斗」 「うん。でもオレ馬鹿だからさ。全部分かってても、新ちゃんのことに関して心が狭 くて大人気ないのは、どうやったって治しようがないと思うよ?」 それって、既に理性の制御下にない、脊髄反射的行動だし。 「…せめて、程々で止める努力だけはしろよ」 「うんっv」 そして、図体ばかりデカい甘えたがりの猫が、ごろごろと懐いてくると、結局のと ころ甘くなってしまう、飼い主失格気味の新一なのだった。 所詮、バカップルはバカップルってことなのよね…とは、既に悟りを開いている少 女科学者の台詞である。 …至言であった。 温かいスープを飲んで、ひとしきりじゃれあって。 すっかり暖かくなった二人は、とりあえず0時も近いことだし、手近に神社でも あったら初詣に行こうということで、カーナビで検索してみた。 「あ、あったあった」 「女化神社か。なんか怖ぇ名前だな」 「え〜、新ちゃんってば、女の子泣かせた覚えがあるわけ?」 「バーロ、そりゃオメーの方だろっ」 軽口をたたきながら他も見てみるが、適当な距離にあるのは、どうもここくらいら しい。 「な、どうせだから、ここに車置かせてもらって、歩いて行ってみねぇ?」 「いいけど、珍しいねぇ。寒がりの新一くんが、そんなこと言うなんて」 「るせ。いいだろ、いつもと違うとこに来てんなら、とことんいつもと違うことしても」 「もちろんv そんなに遠くないし、車で行って駐車場いっぱいだったら、かえって待 たされそうだしね」 そうと決まれば、完全防備で。 「ライト要るかな」 「大丈夫じゃねーの? そこまで馬鹿にしたら悪いと思うぞ」 「ってことは、新ちゃんも”そこまで”じゃないけど、田舎だとは思ってるんだ」 「…だって、コンビニに歩いて来られないんだぞ?」 「まあね」 移動の基本は車。 それだけで「田舎」と言ってしまうのは乱暴だろうが、しかし都心のコンビニに駐 車場がないのは確かだ。 「お参り行って、戻ってきたら駐車場代として、おでん買おv」 「オメー、なんかここのおでん好きだよなー」 快斗印のおでんのほうが、よっぽど美味いのに。 「えへへv たまに食べると美味しいんだよ」 「じゃ、オレはあんまんでも買うか…」 「新一のそれも、結構不思議なんだよね」 「オメーと一緒。なんでかたまに食いたくなるんだよ」 でも、途中でギブアップしたらオメーが食え。 「らじゃ♪ じゃあ行こっか」 「おう」 さすがに店の表側は通らないよう、裏から駐車場を出る。 ちなみに車は、新一謹製のセキュリティシステムがついているため、怪盗キッド 級の車泥棒でもない限り、まず盗まれたり荒らされたりすることはない。何せ怪盗 曰く、「…自業自得とは言っても、もしこのシステムを起動させたりしたら、むしろ泥 棒の方に同情しちゃうかも」という代物だ。 今のところ、被害に遭った .基、撃退された車上荒らしはいないのだが、 ハード面で協力してくれた発明家の、「くれぐれも犯罪者にならんようにな…」とい う発言に、快斗が乾いた笑いを浮かべたのは言うまでもない。 一方、当のシステム開発者は、快斗と二人で買った大事な車なのだから、どん なに防犯に努めても足りないくらいだ!ということで、嬉々としてプログラムを組ん でいた。防犯としての機能はもちろん、撃退のためのプログラムに至っては、組ん でいる最中、パソコンの前で獲物を狙う肉食獣よろしく舌なめずりしているのを、 検診の催促に来た主治医が目撃している。 「なあ、これオメーが作ったのか?」 新一が車のセキュリティに血道を上げるならば、快斗は新一の防寒に血道を上 げる。(夏なら暑さ対策。) 元は快斗のものだったロングコートに、カシミアのマフラーと手袋、革のブーツ、 コーデュロイのキャスケット。 それに加えて新一を寒さから守っているのは、ぽわぽわの白い耳カバーだった。 その昔、ヘッドホンのような「耳あて」という防寒具が流行ったことがあるが、い つの間にか世間から姿を消していて。 最近また、それが復活したのは知っていたけれど、店で試してみたら、頭が締め 付けられるような感じがしたので、あえて買おうとは思わなかったのだ。 が、これは。 「だったら嬉しいんだけど、残念ながら、それは買ったの」 「…通販で?」 「うんv 暖かさの具合はどんなもんかと思ってたけど、結構いけるね」 耳にかぶせて使うこれは、新一にとって、多少音が聞こえにくくなるのを除け ば、耳あてより断然優秀だった。 目深にキャスケットをかぶれば、アイボリーのそれとほとんど同化して、ただの耳 当てつき帽子に見えなくもないし。 ちなみに快斗がしているのは黒で、こちらも髪に紛れてあまり目立たない。 「新一は? どんな感じ?」 「うん、あったかい。オメーの通販好きも、たまには役に立つよな」 「酷っ、たまにはじゃなくて、いっつもでしょ〜」 「さぁな〜♪」 そんなじゃれあいをしながら、何分か歩いたころ。 「…快斗、道これで合ってるよな」 「うん、そのはず…なんだけど」 二人の前には、突如として、地獄の入り口のような真の暗闇が広がっていた。 後ろを向けば、そんなに大きくないとは言え、普通の街灯がある道路。 けれど、目の前に広がっているのは、そのささやかな水銀灯の光さえ吸い込ま れて消えてしまうような、言わばブラックホールのような真っ暗闇。 カーナビで見た目的地までの経路は、確かに大通りから脇道にそれてはいたけ れど…まさか、こんな光も届かぬ林の中の道だとは思ってもいなかった。 「……ライト、要ったな」 「新一、腕時計は?」 「博士のとこでオーバーホール中」 「ありゃあ…」 どうやらこの辺り、現在進行形で発展中の新興ベッドタウンらしく、コンビニがあ る住宅街が続いたと思ったら、ちょっと外れると、まったく未開の原生林が存在し ていたりするらしい。 道なき山奥ならともかく、ここまでちゃんと、二人ともが記憶している経路を、ちゃ んとした道路をたどってきたのだ。となれば、たとえどんなに疑わしくても、これが 正しい経路なのだろう。 が、しかし。 「おい、あれ見ろよ…」 「……ナニヲ狩ルノデショウカ」 新一がふと指差した先にあったのは、「狩猟禁止地区」という赤い看板。 二人の顔に、思わず乾いた笑みが浮かんだ。 「…どうする?」 「でも、ここまで来て引き返すのも悔しいし…」 何より、暗いのに怖気づいて初詣をやめただなんて、人に知られたら末代まで の恥だ! …そんな意地で、何度も危ない目にあっているというのに、学習能力がないと言 われてもやはり仕方ないような、新一の宣言である。 むん、と意味もなく胸を張るコイビトに、こっそりそんなことを思いつつ、ふと快斗 は手を上げてそれを制した。 「向こうの方から、かすかに人の声が聞こえる」 二人…いや、男女あわせて三人分。 恐らく、会話しながら歩いているのだろう。 「じゃ、やっぱり合ってるんだ」 とてつもない精度を誇る怪盗の耳を、新一は微塵も疑わない。 ふと気づいて、持っていた携帯のライトをつけてみると、本当の真っ暗闇なだけ に、驚くほど明るく感じられる。 「これで何とかなるだろ」 「ホントだ、携帯のライトも馬鹿にできないね」 でも、念のため。 「…ばーろ」 「いいじゃん、真っ暗なんだからさ♪」 仕事柄、新一より夜目の利く快斗が、そう言って差し出した手に、悪態をつきな がら。 「…コケるときは一蓮托生だからな」 「もちろんv」 照れ隠しにそんなことを言って、新一は自分の手を重ねた。 すかさず、きゅっと握られる指の力が、なんだかやけに暖かい。 東都ではまずお目にかかることのない真っ暗闇は、恋人たちの触れ合いをやさ しく隠してくれて−−−−それに感謝しなくちゃ、なんて思ったのは、どちらの方だっ たか。 そして手をつないだまま林を抜け、無事に神社近くの街灯のある通りへ出た二 人は、増えてきた人影に名残惜しく思いながらも、手を離した。 −−−−−途端、舗装の悪い道路の段差に足をとられて転びそうになった新一を、 あわてて快斗が抱きしめて、結局のところ、バカップルのいちゃつきを人目にさら すことになったのはご愛嬌。 こうなったらついでとばかり、しっかり恋人つなぎで手を引いて、ご機嫌で歩いて いく快斗と、真っ赤な顔でなんとか手を取り戻そうと暴れる新一。 二人の方から流れてくる、なんだか激甘な空気に、初詣に来た人々は遠い目を して視線をそらした。 そして、一番の売り上げを期待したこの時間帯に、「今は甘いものなんか見たく ない」とばかり、さっぱり売れなかったことで、初詣客を見込んで露店を出していた 甘酒売りから密かな恨みを買ったことなど、もちろんマイペースなバカップルは知 る由もなかった。 ともあれ、新しい年が誰にとっても幸多きものでありますように。 (2005.1.1) akaneサマのサイト(Sugary Trick)より、 年賀フリー小説と言うことで頂いてきましたw 戻