「渋谷ー。お前ライオン好きだろー?」 そう言って聞かされたのは 明るくて切ない 一曲の歌だった 【 サイトOPEN記念フリー小説 】 +++ 花のようにあなたのそばで +++ 「あ」 お忍びで城下へ出かけた帰り道。 来たときとは違う林の中の道をのんびりと歩いていると、突然ユーリが声を上げて立ち止まった。 「どうしたんですか?」 つられてコンラッドが足を止めると、彼に手綱を引かれていたノーカンティーも歩みを止めた。 川のそばで軽く腰を折るユーリに少なからず不安を覚えて、コンラッドはその腕を軽く引く。 素直に、というよりは無意識だろう。 ユーリはそれに従って川から一歩離れた。 視線の先、川岸に咲いているのは黄色い小さな花。 「タンポポそっくり。世界違っても似た花ってあるんだな」 感心したように覗き込むユーリに倣って、コンラッドもその花を見下ろした。 「地球の花ですか?」 「そ。あっち今春だからさ。この季節になるとそこらへんに咲いてんだよね」 タンポポ。 春に咲く黄色い野花。 そういえばこれに似た花を見たことがある気もするが、名前に聞き覚えがないのは、 それが和名だからだろうか。 英名を思い出そうと考えていると、ユーリはよほどその花が気になるのか、その場に座り込んでしまった。 彼に従うべく、手綱を放して首筋を軽く叩いてやると、休憩と理解したノーカンティーは近くの草を食み始めた。 「あ、花まで食っちゃダメだぞ」 双黒の王であり、コンラッドの大切な主であるユーリの声が分かるのだろう。 ヒン と一声鳴いて花の咲いていない場所へと移動していくノーカンティーに、ユーリは満足気に微笑んだ。 「ホント賢いよな。アオもこんくらい言うこと聞いてくれればいいのに」 「彼女だって十分利口な馬ですよ」 「じゃあ足りないのはおれの主としての威厳?」 「むしろコミュニケーションかな?今日だってアオに留守番させて俺の後ろに乗っちゃうし」 「あんたが勝手に乗せたんじゃん」 そんな会話をしながらも、花を見つめるユーリの視線は揺るがない。 普段の腕白熱血野球少年振りを思うと少し不思議な気もするが、愛しい者が花を愛でる姿に、 コンラッドは自然と頬が緩むのを感じた。 しかも対象はこの花だ。 「あなたに似てますね」 「なにが?」 「この花が」 隣に座りながらそう言うと、ユーリはキョトンとした顔でコンラッドを見た。 「・・・おれに?え、おれ?な、なんでっ?」 花に喩えられたことに照れたのだろうか。 わずかに動揺するユーリに、コンラッドは穏やかな微笑みを返す。 「この花はね、別名“日輪の欠片”太陽の分身って意味なんです。 一年中こうやって黄色い花を咲かせるところから、そう呼ばれるようになったみたいですね」 「だからそれがなんでおれ・・・・・・て、一年?」 ユーリの瞳が驚きに見開かれ、好奇心に輝いた。 太陽=ユーリ という、コンラッドの言わんとすることは伝わらなかったが、かわりにこの花の特異な性質に興味を惹かれたらしい。 「一年て365・・・じゃないけど、でも、ずっと咲いてんの?」 「はい。環境がよければ数年咲き続けることもありますよ。 アニシナに聞けば正確な年数も分かると思いますけど、確か1000年以上咲いている花も確認されて・・・」 「えええぇぇぇぇぇっ1000年て!うっわ すごいな!!さすが剣と魔法と生RPGの世界! 全員のMPもHPも回復してくれてさ、しかも死んだ奴までフルパワーで生き返らせてくれちゃったりしてさ! なんかパーティー完全復活アイテムみたいじゃん!!」 「・・・解毒作用のある花ですから、毒については回復してくれるでしょうけど」 死亡した者まではどうだろう・・・。 言っていることの半分以上がよくわからないが、ともあれ、感情豊かな素直な反応はいつ見ても気持ちがいい。 コンラッドは無邪気に感動するユーリに、目を細めてつぶやいた。 「地球のタンポポも、太陽のようにあなたに似てるんでしょうね」 その言葉は興奮するユーリの耳には届かない。 手を伸ばしてユーリの頬に触れると、「なに?」と問いかけるような瞳が返ってきた。 変装のため、今は茶色いその瞳にコンラッドの姿が映る。 太陽を手に入れたいと願うのは 罪だろうか ふと、そんなことを思う。 思ってしまったことに自嘲する。 捕らえられているのは、自分だというのに。 コンラッドは静かに距離を詰めると、ユーリの頬にそっと口付けた。 驚いて離れた愛しい者の体を引き寄せようと、無意識に動く手を自制し、意志の力で体を離す。 にっこりと微笑むと、ユーリは少しテレながら、呆れたように息を吐いた。 「だからおれは日本人だっての」 過剰なスキンシップはアメリカ流コミュニケーション。 コンラッドにとっては好都合な見解だ。 とはいえ、多少複雑な気がしないでもないのだが。 「すみません。あなたがあんまり可愛いから、つい」 「かわいいゆーな。子どもじゃないんだから」 「可愛いですよ。この花みたいにね。ほら、小さいのに生命力に溢れてるところまでユーリにそっくり」 「ちっ 小さいゆーなっ!てかタンポポはあんただよ!!」 これはタンポポじゃないんだけど。 そう思いながらも、思いがけないセリフに今度はコンラッドが驚いた。 珍しいその様子が嬉しかったのか、ユーリは口の端にいたずらっぽい笑み浮かべる。 「こないだクラスの奴に聞かされた曲があるんだけどさ」 “小さい”と言われたことなど吹き飛んでしまったのだろう。 タンポポに似ているという花を軽くつつきながら、ユーリは楽しそうに話し始めた。 「結構早口で歌ってるしメロディーとかも明るくて楽しい感じの曲なのに、 よく聞くと歌詞はちょっと切ない絵本みたいな内容でさ。 そうだな・・・簡単に言うと、ライオンがタンポポに会って癒されてイロイロあって 春になってタンポポが咲いてライオンに似てるじゃん。て、話なんだけど」 「・・・イロイロの部分が重要な気がするんですが」 要するに、イロイロあった次の春に咲いたタンポポがライオンに似ていた、と。 ライオンがタンポポに生まれ変わる・・・という歌だろうか。 いや、それよりも 「・・・ライオン、ですか」 「そ、ライオン。あんただろ?」 そう言うと、ユーリはにっと目を細めてコンラッドを見た。 じゃあ、タンポポに似ているこの花に見入っていたのは・・・? タンポポ=ライオン=獅子=コンラッド ユーリのことだから他意はないと分かっていても、その方程式に思わず頬が緩む。 目を伏せて、思い出した地球のタンポポの姿を脳裏に描く。 タンポポに生まれ変わったというライオンのことを想う。 「きっとそのライオンは、そのタンポポのことが好きだったんでしょうね」 自分に置き換えると、簡単にそんな答えが出てしまった。 「誰もに好かれる太陽みたいな存在に憧れて、だから、タンポポみたいになりたかったのかな」 ふと、視線を感じて目を開ける。 隣を見ると、驚いた顔のユーリがコンラッドを見上げていた。 「・・・なんで 知ってんの?」 あながち外れてもなかったらしい。 虚を突かれたような表情のユーリに、コンラッドはくすくすと笑った。 「ライオンは 太陽のような存在に惹かれるようにできてるのかな?」 だけど違うところもある。 コンラッドにとってユーリは、憧れの対象ではなく守るべき存在だ。 彼のようになりたいとは思わない。 ただ願うのは、ユーリがユーリであること。 そして それを守れる自分であること。 「ふ〜ん・・・?」 「でも」 コンラッドは、よくわからない といった表情のユーリの手を引いて立ち上がると、 指笛を吹いてノーカンティーを呼んだ。 「向こうでもあなたのそばにいられるなら、花になるのも悪くないですね」 「そのうち綿毛になって飛んでくけどな」 「来年もまた、あなたのそばで咲くためでしょう?」 「うわっ!恥ずかしいヤツ!」 先にユーリを乗せて見上げると、今は茶色いその髪が日に透けて金色に輝いていた。 だけどコンラッドは知っている。 彼の宿す“黒”以上に、尊い輝きはない。 「コンラッド?あ、逆光?眩しいのか」 そう言うと、ユーリはノーカンティーの首に抱きつくようにして姿勢を低くした。 同じ目の高さで覗き込むようにコンラッドを見る。 「・・・なに?」 「いや」 くすくすと笑い出したコンラッドに、ユーリは不思議そうな表情を浮かべた。 そして 「あ」 伸ばしかけたコンラッドの手をすり抜けるようにして、ユーリの指がコンラッドの髪に触れる。 「金色。ホントにタンポポみたい」 楽しそうなユーリの声と髪を触られる感じが心地よくて、コンラッドはゆっくりと目を閉じた。 一呼吸の後、同じようにゆっくりと目を開けると、変わらないユーリの笑顔がそこにある。 そんな当たり前のことを嬉しく思う。 「光がないと花は咲けないからね」 だから どうか 「ずっと そばにいて下さい」 太陽のような あなたのままで 告白と取れなくもないようなセリフに、ユーリは思いっきり眉をひそめた。 「それはこっちのセリフだよ。おれ一人じゃ我儘プーや暴走ギュン相手にどうすりゃいいの?」 おそらく、これから城に戻ってからのことを想像したのだろう。 コンラッドの真意に気付かないどころか、大げさにため息までつくユーリに、コンラッドは軽く吹き出した。 なるほど。 こういうところもユーリらしい。 「大変でしょうね」 「だろ?あんたいないとすっげ困る」 「では」 髪から離れた手を取って、その指に軽く口付ける。 「魔王陛下の仰せのままに」 「陛下なんてゆーなよ。名付け親」 「ユーリ」 川辺の涼しい風が馬上の2人の髪を撫でる。 同じように揺れるのは、夕日に照らされて赤みを帯びてきた、黄色い小さな花。 あなたが望んでくれるなら いつも いつまでも あなたのそばで ■管理人コメント□ 依々那さんのサイト(Dandelion。)より サイトオープン記念フリー小説をお持ち帰りさせて頂きました! 当サイトからのお持ち帰りは禁止です。 欲しい方は依々那さんのサイトに足を運んでくださいね。 戻