馴れ初め

馴れ初め



「あ、もうこんな時間だ。帰んないと」
「え?あ・・。そか、うん・・・」

快斗がそういうと、時計を見上げた新一が顔を曇らせる。
黒羽快斗と知り合って、うちに遊びに来るようになったのは1ヶ月ほど前だ。
終電がなくなるギリギリまでいて、深夜になる前に帰っていく。
どんなに遅くても、快斗は自宅に帰る。家に泊まったことは一度も無い。

「・・・工藤、そんな顔すんなって。帰りにくくなるだろ」
「なら、帰んなきゃいい・・・」
「無茶苦茶言うなよ。明日もガッコあるんだから」
「俺だってある」
「新一」
「・・・・うそ、冗談だよ。ごめん」
「ったく」

快斗がため息とともに立ち上がり、俺のほうへ近づいてくる。
そして、影が落ちてきて、唇が重ねられる。
最近、快斗は帰り際に俺にキスをしていく。

「んじゃな。お休み、工藤。ちゃんと寝ろよ」
「ん。おやすみ」

俺は玄関まで見送らない。引き止めたくなるから。
玄関が開く音がして、閉まる音がする。
その音が重々しく響いて、俺はこの瞬間が一番嫌いだ。

「黒羽・・・」

そう呟いて、言い直す。

「・・かいと・・」

アイツは、俺の名前を使い分ける。普段は工藤って呼ぶくせに、たまに名前で呼ぶ。
それをされると、俺が逆らえないのをわかっていて、わざとする。
本当に、本当に、性格の悪い奴だと思う。

「快斗。かいと・・」

ソファーに横になって、何度か名前を呟く。呪文のように。
ぬくもりを知ってしまったら、この家は一人でいるには広すぎる。
だから、誤魔化すように名前を呟く。
会いたい人の名前を。好きな人の名前を。

その声は次第に小さくなり、いつしか小さな寝息に変わっていた。














次の日も、学校が終わって帰ってくると快斗は新一の家にいた。

「おかえり、工藤」
「ただいま。なぁ、なんでお前俺よりも先に家についてんの?」
「ないしょ」
「真面目に学校行けよ」

ネクタイを外し、鞄と一緒にソファーに投げ置き、自分も座る。

「ふぅ、あっちー・・」
「麦茶飲む?」
「あー・・うん。サンキュ」

台所に行く快斗の後姿を見送る。
なんで、快斗はうちに来るんだろう。どうして泊まっていかないんだろう。
どうして、帰り際にキスをするんだろう。

「なに?俺って工藤が見惚れるほど男前?」

にやりと笑って快斗が聞いてくる。
それに新一が慌てて顔を反らした。
その顔は、見ていたことがバレたからか、図星だからか、わずかに赤くなっている。

「バカなこと言ってんなよ」
「ざーんねん。はい、麦茶」

新一にグラスを渡すと、快斗は向かいのソファーに座って読みかけの雑誌をめくり始めた。

柔らかそうな猫毛がサラリと流れ、顔に陰を作っている。
端正な顔立ちは、どこか自分と似ているのに違った男らしさを感じさせる。
ページをめくる指先が、綺麗だと思う。
ソファーにもたれて深く座り、組んだ足の上に雑誌を置いて。
その様子が、とてもカッコいいと、思う。

「くーどう?なに?どうかした?」
「え、え?あ、いやっ」
「見惚れてた?」
「そんなことはっ」

快斗が笑う。

「ねぇ、新一。俺が、気づいてないと思ってた?」
「え?」
「焦らす作戦は上手く行ったのかなーってさ」
「は?」

何のことか解らず、新一は迫ってくる快斗を見つめるだけだ。
「俺のこと、好きだろ」
「なっ・・」

自信満々に言い切る快斗に、カッと顔に熱が集まる。
こいつ・・!

「言ったじゃん。気づいてないと、思ってたの?って」
「別に、好きじゃねーよっ!」
「ダメだよ、工藤。顔を反らしたんじゃ、そうですって言ってるようなもんだって。
 しかも、そんな顔してさ?」

頬を撫でられる。ゾクッとした何かが背中を走る。

「くろ・・っ」
「好きだって、言ってごらん?」

シニカルな笑みを浮かべて、快斗が言う。
いや、俺にそう見えてるだけで、快斗はいつも通りなのかもしれない。

「だれがっ」
「否定しないってことは、やっぱり好きなんだ?」
「なんなんだよ、一体!俺が、お前を好きだったらなんだってんだよっ!?」

思わず、快斗がたじろぐ。
しかし、そんなことはお構いなしに切れた新一は、快斗の胸倉を掴み、凄い剣幕でまくし立てた。

「わけわかんねー、お前っ!!何がしてーんだよ。ゲームかなんかか?気づいてたとか言って。
 なに、俺のこと見て笑ってたのかよ。それとも軽蔑?男のくせに気持ちわりーって?
 俺に好きだって言わせて、何がしたいんだよ。何考えてんのか全然わかんねーよっ!」

はぁはぁ、と息を切らせて、新一が快斗を睨みつける。

「ごめん、新一・・・」

謝罪の言葉と一緒に快斗に抱きしめられて、新一は一瞬身を固くし、次には放せ!と暴れた。

「放さないよ。ごめんね。だから、泣かないで・・・」
「は・・、誰が。泣いてねーよ」

本当は、自分でも気づいてたけど。こんなことで泣いたなんて、無かったことにしたかった。
情けない。女々しすぎる。かっこ悪い。

「うん。ごめんね。あのね、新一・・・」
「なに・・」

新一は暴れるのをやめた。むかつくけど、心地よかったし。
それに、快斗がどうして謝るのか知りたかったから。
一番の理由は、抜け出せないとわかって諦めただけだけれど。

「先に好きになったのは、俺のほう」
「・・・・は?」
「だから。俺が、好きなの。新一を」

何をいってる?こいつ・・。という感じだったが。
声の調子が嘘を言っているように聞こえなかったから、新一は名前を呼ぶことで尋ね返した。

「黒羽・・・?」
「名前呼んでよ」
「え、あ。快斗・・?」
「うん」
「で、あの・・なにって・・?」
「だから、俺が、新一を好きだったの。ごめんね。泣かせちゃって。
 本当は俺から言わないとダメだと思うんだけどさー。
 折角友達になれたのに、嫌われたら嫌だったし。それなら、新一に俺を好きになってもらって。
 確信を持てたら、告白しようって思ってさ」

無理強いして、ごめんね。
そんなことを言う快斗に、新一は全身から力が抜ける気がした。

「お前、バカ?」
「うん。大分前からね」
「信じらんね・・」
「ほんと、情けないよね」
「ホントにな」

「でも、好きなんだよ」

抱きしられていた体を少し離され、目を見て告げられた。

「好きなんだよ。新一・・・」
「嫌いだ」
「しん・・・」
「だいっきらいだ。お前なんか・・・」
「新一・・・」

「きらいだ・・・」

そう言って、快斗の胸に抱きつく。

「しん・・・」
「許さないからな。キスの理由もわかんないまま、気づいたらお前のことばっかり考えてるし。
 からかわれてるだけだって、すっげぇ辛かったんだからな」
「新一」
「・・・お前が、俺の名前を、呼ぶのは・・好き」
「新一」
「うん」
「新一」
「快斗」
「これからは、もう工藤って呼ばないから」
「おう」
「好きだよ、新一」
「ん・・」

俺も好きだよ、なんて、言えないから。
当分、言ってやるつもりもないから。

だから、とりあえず。
新一は顔を上げて、そっと快斗の唇に、自分の唇を寄せた。






なれ初めだってー。 いや、気づいたらそういう話になってたって言うか。 ありかなー? つか、自分の書いた物がちゃんと皆さんに受け入れて貰えてるか最近不安。 見られることを今更自覚したって感じ。