恋人の時間 クリスマス。 イエス・キリストの生誕記念日。 街中はクリスマス仕様のイルミネーションできらびやかだ。 しかし、クリスマスを過ごす人たちの中に、彼の誕生日を祝っている人間がどれだけいるか・・。 滑稽だな。 クリスマスとは無関係だ、というように工藤新一は自宅の暖かいリビングでのんびりしていた。 かかわっていた事件は昨日解決したし、気を使ってくれたんだろう。 今日は警察からのラブコールは無かった。 けれど、ないのは警察からの要請だけでなく、もう1つ。 恋人・黒羽快斗、またの名を怪盗キッド。 世を騒がす怪盗キッドは今もまた、テレビの中で騒がれている。 普通じゃない恋人たちは、やっぱり普通に特別な日を過ごすことは出来ないのか。 洋風の家に不似合いなコタツの中でコーヒーを飲みながら新一はため息をついた。 クリスマスは一緒に過ごそう、と言ったのは誰だったか。 まぁ、仕事が入った、と涙ながらに謝ってくる快斗を追い出したのは自分なのだが。 もうすぐクリスマスが終わろうとしている夜中のこんな時間に、しかしテレビで中継されている街の様子は賑やかで。 映る恋人たちの姿はとても幸せそうで。 キッドをはやしたてる人たちはとても嬉しそうで。 これだけ沢山のファンの中に、彼に恋心を抱いている人たちはどれだけ居るんだろう。 そう思うと、もやもやとした感じが腹の当たりをぐるぐる回るのだが、その感情の名前に新一が気付くことはない。 テレビで中継を見ているのなら現場に行けばいいのに、と隣の科学者に言われたが、 この寒い中現場に出向くなんてバカのすることだ。 捕まえられるわけじゃないし。 ・・・何気に警察をバカにした発言だが、中森警部がいくら頑張ろうと、 白馬が出張ろうと、彼は捕まえられない。これは確信だ。 予告時間まであと5分をきった。 願わくは・・・これがパンドラでありますように。 奇跡が起きますように。祈らずにはいられない。 なんたって、自分との約束を破ってまで盗みに行った宝石なのだから。 「別に・・・端から期待してないけどさ・・・。一緒に居られるなんて・・」 そう呟くのが強がりだと、気付いているのか。 もうすぐクリスマスが終わる。 テレビの向こうもテンションが最高潮らしい。 キッドの出現をアナウンサーが興奮気味に伝えている。 別に、クリスマスを特別視しているわけじゃないけど。 だけど・・それでも・・・。 「さっさと帰って来い・・バ快斗・・・」 新一は小さく呟いた。 あー、ちくしょう!クリスマスが終わるまであと30分かよ!! 何時もみたいに警察と遊んでないでさっさと用事を済ませて、確認して。 肩を落とした。 こんな宝石のために、新一とのイブもクリスマスも過ごせなかったのかと思うと腹が立ってくる。 丁寧に返してるヒマはない。 今日は早く帰って、明日以降にきちんと返そう。 キッドは乱暴にポケットの中にたった今手に入れた宝石を突っ込んだ。 家まで急いで約10分。上手くいけば、短いがクリスマスを新一と過ごすことが出来るはず。 快斗は一人きりで自分の帰りを待っているだろう愛しい人の顔を思い浮かべて、ビルの屋上から飛び立とうとした。 そのとき。 「キッド!!」 なんで・・・こんな日に限って・・・。 キッドはばれないようにため息をついた。 コイツがここまで来る間の気配に気付けなかった自分を恨んだ。 今日は相手をしている暇は無いのに。 こんなヤツとの屋上デートなんて楽しくない。 「これはこれは・・・。珍しいお客様ですね」 「追い詰めたぞ、キッド。観念して捕まってもらいましょうか」 そう言う白馬にキッドは不敵な笑みを浮かべる。 「クリスマスに、わざわざいらっしゃるなんて。よっぽどヒマなんですね?白馬探偵」 「ふん、あなたを捕まえるチャンスを逃すわけが無いでしょう?」 「残念ですが、今日はあなたと遊んでいる暇はない。愛しい人を待たせているんでね。」 そういって、文字通り煙に巻いて。 翼を開いてそこから飛び立った。 くそっ、3分間のロスかよっ!! 内心で悪態をつきながら、キッドは空を翔けた。 クリスマスが終わるまで。あと21分。 キッドの仕事が終わったのはテレビを見ていたので知っている。 もうすぐ帰ってくるかな・・・。 新一は腰を上げてキッチンに向かい、隣から貰ったスープを温める。 きっと、この寒空の下を急いで帰ってくるであろう恋人のために。 暖めながら、お玉でぐるぐるかき混ぜて、ボーっとしていたらしい。 リビングが開く大きな音でハッと我に返った。 「新一!」 「・・・・快斗・・・」 快斗はキッチンに居る新一を見とめてすぐに近づき、抱き寄せた。 その格好はまだキッドのままだ。 冷たいその身体に、新一はそっと、快斗の背中に腕を回した。 「おかえり、快斗」 「ん。ただいま」 ひとしきり抱き合って、時計を見る。クリスマスが終わるまであと10分。 「ごめんね・・・。一緒に居れなくて。」 「気にしてない」 「あと、少ししかないけど、クリスマスしよう?」 「ん・・」 快斗の胸に顔を埋めて頷く。 だから、嬉しそうな新一のその笑顔を、快斗が見ることは無かった。 「隣から貰ったスープあっためてたんだ。着替えてこいよ。」 「ん、そうする」 ギュッと抱きしめて、名残惜しそうに身体を離して。 「ほら、さっさとしないとクリスマス終わるぞ?」 「急いで戻ってくるから!」 そう言って走って部屋に行く快斗に新一は苦笑を浮かべる。 新一はお皿を二つ出し、スープをよそってテーブルに並べた。 グラスにシャンパン。それから、フランスパンを適当に切ってお皿に乗せて、一緒にテーブルに並べる。 いいタイミングでリビングに戻ってきた快斗に、新一は綺麗に微笑んだ。 「食おうぜ?」 「あ、うん」 快斗の演出で電気は全て消され、ろうそくの明かりが揺らめく。 柔らかな灯りの中で見る新一の笑顔は、なんだか何時もより綺麗に見えて。 自分を優しく見つめる快斗がロウソクに照らされて、なんだかカッコよく見えて。 「Merry Christmas 新一」 「Merry Christmas」 二人は、お互いにドキドキしながら乾杯した。 何時の間にかクリスマスは終わっていたけれど。 短い二人きりのクリスマスはとても幸せだった。 きっと、クリスマスが世間で恋人たちの日とされているのは、こんな特別な気分になれるから。 「快斗・・」 「ん?」 「・・・・愛してるよ」 「・・新一・・?」 「んだよ?」 突然の新一の告白に快斗は驚いて目を見張る。 告げた新一は赤くなった顔をそむけた。ロウソク効果は素晴らし。 とても色っぽく見える。 「新一。」 「なに・・・っ」 呼ばれて快斗の方を向くと、向かいの席に座っていると思っていた快斗が目の前に居て息を呑んだ。 「愛してる」 「ぁ・・・」 間近で告げられた快斗からの告白に、ドキドキが止まらない。 雰囲気に呑まれる。 唇が触れる一瞬前に、新一から、目を閉じた。 優しく触れるそれは何度も繰り返され、段々と深くなっていく。 「ん・・・、んっ・・」 唾液を嚥下する新一に煽られる。最後に、音をたててキスをして唇を離した。 「うれしいな。新一からの告白」 「るせー・・」 濡れた唇をそのままに、赤い顔で快斗を睨みつけてくるから、さらに煽られる。 席を立って新一の傍に行く。 なに・・、と見上げてくる新一の耳元に唇を寄せて囁く。 「ベッド行こうか」 誘う言葉に恥ずかしそうに顔を赤らめ、しかし迷わず頷いてくれる可愛い人に、快斗は笑みを深くする。 ここからは、特別な二人の・・大人な恋人の時間。 戻