5 本当は、 あれから、一ヶ月経った。 KIDの予告状がこなくなった。 つまり、KIDが新一を訪ねてくることが無くなったということ。 活動休止でもしたのだろうか、とそう思って、 また知らずKIDのことを考えていた事に気づいた新一は深い深い溜め息をついた。 新一の具合はよくも無く、悪くも無くといったところだ。 しかし、あれから調子が優れないのは事実だった。 「新一、具合悪いの?大丈夫?」 「へーき」 クラスメイトや先生が話し掛けても、平気、と言う返事しか返ってこない。 遠巻きに見ていた皆は蘭に望みを託したのだが、蘭にも平気、とただ一言。 蘭が肩をすくめて「ダメね」とジェスチャーすると、一気に嘆息が聞こえた。 自分を強姦した相手のことが好きで忘れられない、なんて、言えるわけが無い。 それがKIDだなんて、いえるわけが無い。 誰にもいえないんだ。 新一は頬杖をついて窓の外を見つめていた。 「ちょっと、快斗!」 「うるせーなぁ・・」 机に突っ伏していた快斗がそのままで青子に応じる。 応じる、というよりむしろ邪険に扱う、の方が正しいかもしれない。 「どーしたの?って心配してあげてるのに!」 「よけーなお世話だ。ほっといてくれ」 「もー。イラついてどうしたのよ」 「だから、なんでもねーって」 「女の子にそんな態度はいかがかと思いますが?黒羽くん」 白馬が割ってはいる。 またややこしいのがきた。頼むからほっといて欲しい。 はぁ、と快斗は大きなため息を付いた。 「ほっておきなさい。恋煩いよ」 「こっ・・!?」 「おい、紅子」 流石に顔を上げた快斗が、紅子を睨む。 「あら、外れてはないはずよ?それとも、きちんと理由が言えるのかしら」 「このやろ・・」 「恋煩い?」 「黒羽くん、が?」 「ちょっと、快斗!?あんな好きな子がいたのっ」 「ほっとけって言ってんだろーが!」 後ろで楽しそうに笑う紅子を睨みつける。 余計なこと言いやがって。むしろ恋煩いですめばずっとましだ! なんと言っても、その相手を強姦してしまったのだ。 そんか恋煩い、なんて可愛らしい言葉で片付くようなことじゃない。 「はぁ・・」 きっとこれは、叶うことの無い恋だから。 「本当に、不器用ね。二人とも」 頭はいいはずなのに。 紅子が小さく呟いた。 学校帰りに会ったのは偶然だった。 どちらも一人で。 沈黙がとても気まずい。かといって話すことも無く。 普通の知り合いや友達関係じゃないことが苦しい。 「なぁ」 快斗が声をかけると新一の肩が大げさなくらいに跳ねた。 「ちょっと、そこの公園。よらねーか・・」 快斗もどうして誘っているのかなんて分からなかったけど、勝手に誘っていたのだから仕方ない。 しばらく考えて、新一は小さく頷いた。 夕方の公園に人影は少なかった。 「飲み物買ってくる。座ってて」 「あぁ」 新一はベンチに座って自販機に行く快斗の背中を見送った。 ふぅ・・。と息を吐き出し、肩の力を抜く。 らしくも無くガチガチに緊張していたらしい。 なんだって、アイツと一緒にこんな所にいるんだろう。誘われて付いた着たんだろう。 分かっているのに、わからない振りをする。 「はい」 「あ、サンキュ・・」 大きくも無いベンチの端と端に座る。 プルタブを開けて飲む。会話は無い。 どうして隣に工藤がいる?なんで一緒に缶コーヒーを飲んでる? どうして誘ったりしたんだろう。 分かっているのに、わからない降りをする。 お互いに、知らんぷりして、どんどん糸が絡まっていく。 苦しくなる。 グイっと缶コーヒーを飲み干して、新一が立ち上がった。 投げた缶が綺麗な弧を描いてゴミ箱に収まる。 「黒羽」 「っ、なに?」 「サンキュ。コーヒー」 「あ、いや」 「俺・・もう、行くし」 「あぁ」 公園を出て行く新一に、快斗が声をかけた。 「工藤」 「・・なに?」 「身体、気をつけて。具合悪いだろ、お前。ちゃんと飯食って寝ろよ」 「ありがとう」 わずかに振り向いて、小さく笑って御礼を言って。 そのまま公園を後にした。 ビックリした。急に、名前を呼ばれて。 黒羽って呼ばれることが、お礼を言われることが、あんな風に笑った顔が見れることが。 工藤、と名前を呼ぶことが。こんなにも嬉しくて、切ないなんて。 呼び止められて、ビックリした。 黒羽と呼べることが、工藤と呼ばれることが。 奢ってくれたコーヒーが、身体を心配してくれたことが、こんなにも嬉しいなんて。 こんなにも切ないなんて。 好きだ。本当に、好きだ。 寄り道に誘ってしまうくらい。 誘いに応じてしまうくらい。 本当は、この想いを告げてしまいたいのに。 戻