6  ジレンマ





真実を求めるのが、俺だったはずなのに。
俺自身の真実には、自ら、目を背けてしまうなんて。






嘘をつくのは慣れていたのに。嘘がばれてはいけないのに。
俺の嘘を、わかって、気づいて欲しいと思うなんて。








今日、KIDは新一の元を訪れていた。
数週間ぶりの再会だ。KIDと新一では。

「こんばんは、名探偵」
「・・・よぉ」
「身体の具合はどうですか?」
「別に、普通だ。それより、早く入れよ。人に見られるぞ」
「お邪魔します」

KIDが窓から新一の部屋へと入った。
そして、沈黙。

あの、公園での事が忘れられないでいた。
普通の友達同士だったなら、どんなによかっただろう。
本当の恋人同士だったなら、この時間がどんなに幸せなものだっただろう。

そうなれたら、どんなに嬉しいだろう。

「・・・抱かねぇの?」

口を開いたのは新一。
KIDが顔を上げて新一を見つめる。

「抱かねぇの?」
「今日は、結構です」
「なんで?」
「え?」
「本命でも出来たのか?」
「名探偵?」

KIDが不思議そうな顔をしてこっちを見ている。
当たり前だ。無理矢理抱いている人間が、抱けと催促しているんだから。

けど、どうしてだろう。なんで俺はこんなことを言ってるんだろう。
抱かれないですむのに。嬉しいはずなのに。
抱かれるより、辛いと思ってしまうのはどうしてだろう。

「飽きたのか?俺の身体に」
「そんなことを言ってるんじゃありません。貴方は、具合が良くないんでしょう?」
「関係ないだろ、そんなこと」
「あります。病人を抱くほど、私は酷い人間ではないつもりです」
「抱いて欲しいんだよ、俺が」
「名探偵」
「頼むから・・・」

身体だけだから。俺が、KIDを繋ぎ止めておけるものは。

「困った人ですね」

KIDは溜め息をついて、俺に抱きしめ、ベッドに押し倒した。

「KID・・・」
「さ、もう眠ってください」
「え・・?」
「こうして、抱いていますから。眠ってください」
「KID・・・?」
「もう、これ以上の我侭は、聞きませんよ?」

俺は、KIDに抱きしめられていて。
KIDは俺の背中や頭をあやすように撫でてくれている。
マントとシルクハッとを外して、上着を脱いで。
KIDは俺の隣に横になると、俺の身体を、ずっと抱いていてくれた。
抱きしめて、くれていた。

「KID・・」
「さ、寝てください。夜更かしをして、ご飯をちゃんと食べないから、何時までたっても
 治らないんですよ。灰原女史にも言われているでしょうに」
「う・・」
「ほら、寝て・・工藤」
「黒・・」

名前を呼ぼうとしたら指で、唇を押さえられた。
しー、と合図するように。
そして、そっとキスをされた。
それは、欲望なんてまるで感じさせない、とても優しいキスで。

「嬉しいけど、今は、呼ばないで・・」

モノクルの奥で、その目が優しく俺を見た。

「なんで、こんな・・こんな、優しくするんだよ・・」
「名探偵?」

俺はKIDの胸に顔を埋めて。目を閉じた。
気まぐれな優しさが辛い。けれど、嬉しくも感じて。
抱きしめてくれる腕が気持ちよくて。俺はもうウトウトしていた。

「なんで、優しくするんだ・・・。最初に、俺に酷くしたのは、お前のくせに」
「・・・・」
「辛くなるだろ。諦められなくて。特別だって、勘違いしそうになるだろ」
「ぇ」
「・・・・・・き、・・のに・・」
「え?ちょ、今なんて・・」

KIDが訊き返すが、腕の中で、新一はもう眠っていた。
やっぱり疲れてたんだな、と時計を見てまだ11時だとわかってKID苦笑を浮かべる。
それにしても。
最後のが気になる。その前の台詞もだが。
まるで、俺に気があるみたいじゃないか。
そんなわけない、と思うのに期待する気持ちを押さえることが出来ない。

ずっと、気持ちを誤魔化さなければならないと思っていた。
自分は新一が嫌う犯罪者で、しかも、男同士で。
叶うことはないと思っていた。
正体がばれて、もうダメだと思った。
ならば、身体だけと最低な考えに走ってのことだった。
好きだった。ずっと、ずっと。工藤新一が好きだった。
・・・嘘を、ついていた。今の関係が苦しくないと。
好きじゃないと、新一にも嘘をついた。ばれないように。
だけど、もう誤魔化せないかもしれない。
こんな彼を見て、辛そうな新一を見て苦しくならないわけが無い。
体調を崩したのも、俺のせいだと思っていたから、もうやめようと思っていたのに。
抱いてくれ、なんてそんなことを言われて、思わずまた手が出てしまうところだった。

「ねぇ、新一・・・やり直せるかな。やり直させてくれるかな・・・?」

新一の寝顔にそう呟いて。
今日は泊まっていこう、とKIDは新一を抱きしめ直すと目を閉じた。