9 偽りの仮面 それはたまたま耳に入ってきた。 その日、新一は制服のまま喫茶店にいた。 快斗との約束の時間までの暇つぶしだ。 今日は、初デートだった。 デートって言うかっ!アイツが一方的に約束を取り付けてきただけだっ 自分に言い訳してみても、楽しみにしている気持ちも照れている気持ちも、無くすことは出来ない。 窓際の席で一人、外を見ながら物思いに耽っている美男子が、 まさかこんなことを考えているとは誰も思わないだろう。 自分の恥ずかしい思考を追い出そうと頑張っていた新一が一瞬で現実に戻ってきたのは、 「黒羽快斗」という単語が聞こえたからだ。 え?と思って思わず振り返りそうになってしまった。 けれど。 「みてー!ほら、ここ。黒羽快斗!今売り出し中のマジシャンだって!」 「やっだ、かっこいい〜」 なんだ。とまた前を向きなおした。 しかし、後ろでされているのは快斗についての会話で、気にならないわけが無くて。 「カッコいいよね!」 「うんうん。でも、露出少ないよねぇ」 「プロフィールも名前以外は秘密みたいだし」 「気になるぅっ!!」 そう言えば、こないだ雑誌の取材があったって言ってたな。 「ねね、恋人居るのかなぁ?高校生って噂だよ!」 「うっそ、オトナっぽーい」 「すっごい人気で、ショーのチケット即日完売なんだって」 「なのに、おっきい会場では中々やらないんだって」 オトナっぽい?快斗がか? きゃぁきゃぁと快斗をネタに騒ぐ女子の話を聞いていて、なぜか気分が悪くなってきた。 「すっごい優しそうだよね」 確かに、快斗は誰にでも優しいけど。 女の子には特に。 「クールそうじゃない?オトナっぽくてかっこいい」 クール?あいつが? 確かに、キッドとか、マジックやってるときはそうだけど・・。 「甘えたーい!甘やかしてくれそうっ」 確かに、甘やかされてるけど! いちいち聞こえてくる声に反応して、心の中で言い返している自分にハッとして、 新一は慌てて席を立って店を出た。 最近、自分はおかしい。 新一は考えながら約束の場所へ向かって歩いていた。 快斗はテレビに出ない。 ショーの会場には取材も入れない。 だから、本当にそのとき限定。その場に居た人たちだけのマジックショー。 それでもやっていけるほど、快斗のショーは大人気で。 しぶしぶ、寺井さんの受けた取材依頼だけは受けている。 だから、最近雑誌には出るようになってきている。 ビジュアルが明らかになって、さらに人気が上昇中。 チケット入手がますます難しくなったらしい。 おかげで色んなところで快斗への周りの反応を見るようになった。 そのたびに、モヤモヤするのだ。 優越感も感じるのだ。自分は、ファンが知らない快斗を知っている、と。 だけど、それ維持用に、・・・何というか、むかつくのだ。 ・・・・・・・なんで、こんな・・・。 変だ、俺。 そう思っても、どうしようもないのだ。 そう思う気持ちを隠せても、自分の中から無くすことは出来ない。 気付けば待ち合わせ場所についていて。 すぐに快斗の居場所はわかった。 オーラがある、というか・・。一目を惹くのだ。いるだけで。 などと、自分のことは棚に上げて快斗のことをそう思う。 そして、もう一つ。 「あの、お一人ですか?」 「ごめん、人待ってるんだ」 逆ナンする女たち。 声をかけてくる女たちに、快斗は笑顔と苦笑で断っている。 ムカムカする。 腹が立つ。 何絡まれてんだよ!と思う。 完全な八つ当たりだ。 ふぅ。と深く深呼吸して、新一は快斗に近づいた。 「快斗」 「あ、新一」 快斗が新一に気付いて手を上げた。 「え、工藤新一!」 「かいとって・・・黒羽快斗!?」 周りの女たちがざわめき出す。 「あの・・」 「ごめん、連れが着たからまたね?」 「え、2人でも全然いいですよ!なおさら、こっちも2人だし・・」 快斗と自分を交互に見て、可愛らしく首をかしげる女に、イラっとする気持ちを押さえる。 「すいません。これから、俺も快斗も仕事なんです」 にっこりと営業スマイル。 「えー・・待ち合わせてですかぁ?」 「ごめんねぇ!ホント。また機会があったらその時ね!」 快斗がそう言って、チラリと時計に目をやる。 「新一!急がないとやばいって!」 「ん?あ。それじゃぁ、すいません」 2人は急いでその場を立ち去った。 快斗と新一がいるとばれた場所で落ち着けるわけが無く。 折角のデートだったけれど、そのまま新一のうちに行くことにした。 帰りに晩御飯の買出しをして。 その間、新一はずっと不機嫌だった。 綺麗に隠されていたけれど、快斗には新一が無理しているのがわかった。 「新一ってば。どうしたの?」 「なんでもねーって言ってるだろ」 「新一はなんかあるとなんでもないって言うよね」 「何でだよ。ほんとになんでもねーよっ」 住宅街を、新一が少し先を行き、快斗が新一の後ろから声をかけている。 「もう。何拗ねてんの」 「拗ねてなんかねぇよ!」 「じゃ、怒ってるの?」 「怒ってねぇ!」 イライラが収まらないのだ。 どうしても、ムカツイて仕方がない。 快斗に近寄る女も、女に笑顔を向ける快斗も。 そして、こんな自分が嫌だ。女々しくて嫌気がする。 変だ、俺。こんなの俺じゃないみたいだ・・。 「新一ってば」 快斗が新一の腕を掴んだ。 「はなせっ」 「新一。気に入らないことがあるなら言ってよ」 「ねーよ!」 「・・・・」 はぁ、とため息を付いた快斗を見て、新一はうつむいた。 「・・・・・ほんとになんでもないんだって。快斗が悪いんじゃない。ごめん」 「新一。俺のせいじゃなくてもいいから、なんか嫌なことがあったなら言って?」 「・・・・・快斗が雑誌に載ってて・・・」 「俺?」 ちょっと考えて、ボソボソと新一が話し出す。かわいい。 「女子が、それ見て・・・キャーキャー言ってて・・・」 「うん・・?」 あれ?・・・なんか、ちょっと・・・ 「手品やってる時の快斗しか知らねーくせに。カッコいいとか何とか。 普段の快斗のこと、しらねぇくせに・・・」 新一の告白を聞きながら、快斗は顔が緩むのを我慢できなかった。 「だから、それになんかムカついて。だけど・・・、ムカつく自分が嫌っていうか・・。 そしたら、さっきはナンパなんかされてるし!」 不満を口にしたら止まらなくなったのか、新一が早口で言う。 快斗の反応など気にしていられないようだ。 「快斗だって、にこにこ笑って嬉しそうにしやがって! お前がそうやって誰にでも優しいから、女が勘違いして寄って来るんだろ!? なんで、・・なんで・・女がいいのかよ?」 「ちょ、新一・・?んなわけないでしょ。俺は新一一筋だってば!」 「じゃあ、俺にだけ優しくしてろよ!」 勢いでそこまで言って、二人の間に沈黙が訪れる。 「・・・・・」 「・・・・・」 そして、自分の言ったことを自覚した新一は火がついたように、ボッと一気に赤くなった。 「新一!」 「やめっ、や。離せっ」 「離さない。もう、・・ホント可愛い。好きだよ、大好きだよ、新一」 「恥ずかしい事いうなっ」 「嬉しいよ、ヤキモチ。新一だけにするから。優しくするのは、新一だけ」 「無理だろ。お前、客商売なんだから」 「親切は誰にでも出来るんだよ。新一」 そう言って、快斗がニッコリと笑う。 「早く、家にかえろっか」 「ん・・・」 「すっごく、新一のこと抱きたい」 「っ、バカなこと言ってんじゃねぇっ」 快斗が、ナイショ話のように耳元でそう言って。 だけど、新一は嫌だとは一言も言わなくて。 人気の無い道を、こっそりと手を繋いで家に帰った。 戻 この話しで書きたかったのは、「自分にだけ優しくして」です。 なのに、何でこんなに長く・・・(汗) つーか、道端でなにしてんの、って感じですよねー 恥ずかしい奴らにしてるのは自分なんですけど(笑)