かぜ


        
「ごほっ、けほっ・・っ、はぁ・・・」

せきが止まらない。

立夏は一人、自室のベッドの上に横になっていた。
父親はいない。母親もあんなだし。・・・清明も、いない・・・。
こんなとき、昔は清明がつきっきりで看病してくれていた。
しんどかったら、背中を撫でてくれた。
お粥を作ってくれた。氷枕を作ってくれた。
ずっと、手を握っててくれた。わがままを聞いてくれた。

だけど、今は一人だ。
傍にいて、大事にしてくれる人は誰もいない。

苦しそうに、また、立夏は咳をした。


「はっ・・・は・・・ぁ、は・・っ」

頭が痛い。喉が痛い。
眠いのに眠れない。
ご飯も食べてない。薬も飲んでない。
何度の熱かもかわらない。

ふと、机の上に放置してあった携帯が目に入った。

・・・・草灯・・・。

立夏にソレを渡した張本人。
いつでも出ると言っておきながら絶対に出てくれない奴。
あんなやつ、当てにしない。

そう思いながら、でも、手は携帯に伸びて。


・・・草灯・・・、会いたい。草灯、草灯・・・。

心の中で何度も呼ぶ。
熱があるからだ。こんな風に弱くなるのは熱のせい。
でも。だけど。
きっと、今、一番会いたい人。
思い出したら、たまらなくなる。

いっつも来るくせに。どうして、今日は会いに来ないんだ。

携帯を開く。画面が明るくなって、ちょっと眩しくて目を細める。

草灯・・・。

どうしよう。電話、しようか・・。でも、だけど。

「そうび・・・」

擦れた声で。小さい声で。誰の耳にも止まらないだろうその声。
けれど、答える声が、窓から聞こえてきた。

「呼んだ?立夏」

ビックリして、慌てて・・・それでも、その動きは酷く緩慢だったけれど。

「そうび・・・」

殆ど声にならない。唇が動いただけの。それだけの空気の振動。

「携帯を見てるだけじゃかからないって、言ったでしょ」

言いながら、ベッドに近づいてくる。
立夏が、布団から手を出して、草灯へと伸ばす。
草灯がその手をとる。

「熱、何度?」
「・・・・っ、ぃ」

声にならなくて、立夏はそっと首を振った。
それだけで、頭がいたいんだけど。
草灯の少し冷たい大きな手が立夏の頭を撫でておでにに触れる。
そして、その熱さに少し眉をひそめた。

「家の人は?」

その質問にも1つ、首をふる。
そると草灯が、ため息を付いて。

「勝手に家の中探していい?」
「ん」

こくん。

「待っててね、立夏。すぐ、戻ってくるから」
「・・・・」

目を閉じて、草灯に了解を閉めした。

パタン、とドアの閉まる音。
立夏が深いため息を付いた。

来てくれたことに喜んでる自分がいる。
嬉しい。草灯がいる。それだけで、こんなに安心する。
いつもは、一緒にいても不安ばっかりなのに。
だけど、今だけなら、こんな安心感もいいかもと思う。

もう1つため息を付く。

体温計と氷枕を持って、草灯が戻ってきた。

「はい、熱測って。枕は、コレにしようね」

草灯が立夏を抱きかかえるように体を起こす。
草灯の体温が気持ちいい。

脇下に体温計を挟んでくれる。抱きしめたまま、熱を測ってくれる。
やめて欲しい。離して欲しい。
じゃないと、離れがたくなってしまう。
この温もりを、離したくなくなってしまう。

デジタルの体温計が示したのは39度8分。

「酷いね。立夏、何か食べた?」
「・・・ぃ」
「いいよ、しゃべらなくて。喉、辛いんでしょ。何か作ってくるから。
 台所勝手に借りる。食べたいものある?」

抱きしめたまま、そっと頭を撫でながら、優しく問い掛けてくる。
草灯の声色に立夏が目を閉じうっとりとする。

「立夏、立夏。何か食べて薬飲まないと。ね?」
「ぃぃ・・。・・・・」
「立夏・・・」

草灯がいる。抱きしめてくれている。
それだけで、ぐっすりと眠れそうだった。

「しょうがないなぁ。立夏は。」

草灯の胸に顔を埋めて、甘えるようにすりよる立夏。
そんな立夏を、草灯は微笑を浮かべて抱きしめた。

「次、起きたらちゃんとご飯食べてね。早く治さないと」
「ん」
「横にならなくていいの?」
「ん」
「もしかして、このまま?」
「ん。・・・寝たら、離していい・・から。今、だけ」

言って、また咳をする。ひりひりするように喉が痛い。
だけど、これだけはどうしても譲れなかったから。

「大丈夫、離さないから。ゆっくり寝ていいよ。」
「・・・り・・がと。そう、び・・・」

すぅ、と眠りに着いた立夏。まるで気を失うかのように。
草灯は立夏を抱いて、ベッドの中に入り、立夏を抱きしめたまま横になった。

ほんとに立夏は可愛い。
泣きそうな顔も、怒った顔も、笑った顔も、拗ねた顔も。
こうやって眠っている顔も。苦痛に歪む顔も、その苦痛に耐えている顔も。

草灯は柔らかい立夏の黒髪を撫でる。
時折ピクピク動く立夏の耳に笑みをこぼす。
耳元に唇を寄せる。

「可愛い立夏。おやすみ。・・・好きだよ」




そっと唇にキスをした。





唯一見せた友達には好評だったんですが。 ・・・どうでしょう・・・?