―――――――――――光だ。








意識が無くなる前までは暗闇だった瞼の向こう。


いつの間にか淡い光が差し込んでいる。

その光が朝日のソレだと理解する前に、

俺は目を開けた。



「………」



見えるのは…誰も居ない自分の部屋。


目の前には起動したままのパソコン。


ぎし、と歪んだ音を立てる椅子。




指し込む光に目を細めながら、椅子の上で寝るのにも慣れたな、と苦笑する。




微かな、それでいて大きな期待を持って目覚める朝。

それを俺は3年間、何度も何度も繰り返している。


時が経ちすぎて、今となってはソレを期待するだけ無駄なのかもしれない、とは思う。




…それでも、




「………朝、か…」




それでも俺は、

瞼を開けた先にソレがあるのではないか、と。




期待してしまう。


【 The Last Show---- Holy Night ---- 】
「オハヨウ」 自室からリビングへと降りてきたら、そこには隣の少女がいた。 俺はニッコリと笑って朝の挨拶をした。 「…おはよう工藤君。」 変化の乏しい表情で返してくる彼女に思わず苦笑する。 「元気ねぇな。オメーちゃんと寝てるのか?」 「ご心配なく。アナタよりはちゃんと寝てるわ」 「失礼な。俺はちゃんと毎日6時間、人並みに寝てる!」 ニィ、と笑ってみせる俺に、彼女は呆れた、とため息を漏らす。 「はいはい。さっさとご飯食べて、こっち来なさいよ?」 定期検査の準備、出来てるから。 「…げ。」 「なにが『げ』よ。まさか忘れてたんじゃないわよね…?」 「わっ忘れてねぇよ?はは…えーと、じゃあ俺…朝飯っ!」 マッドモードに入ると何をするか分からない彼女を慌てて振りきって、 バタバタと足音を立てながら、俺は台所へ。 「…………」 玄関の方でバタン、と扉の閉まる音。 その音を耳に、はぁ…とため息を吐く。 (まーた、あんな顔しやがって…) きっと今、彼女は外で辛そうな表情を浮べているのだろう。 そうさせてしまっているのは、紛れも無い俺自身。 『明るくいつも通り』に振舞う、俺の姿。 そっと自分の頬に両手で触れてみる。 (…俺、ちゃんと笑えてるよな?) 心配させたくねぇのに…と嘆息して冷蔵庫を漁る。 取り出した冷凍食品の外装をペシペシ叩きながらオーブンレンジに足を向ける。 その途中、【ガスコンロ】に視線が止まると―――― 「―――――――…」 足も止まった。 「………」 ガスコンロの上には、 空の中鍋と、フライパン。 それらは片付けられることのないまま、ひっそりと置かれている。 それは……… ――― ぽとっ 「………ぁっ!」 突然前触れも無く、俺の両の目からどっと溢れ出す雫。 「あぁ…」 またか、と思う。 俺はこの時期、そのコンロを見て自然と湧きあがってくる感情にたまらず涙を流す。 それも暫く止まらない。 その間、 俺は声を押し殺して、泣き続ける。 だから今の季節は、台所には俺しか足を踏み入れない。 皆、その事を言外に知っているから。何も言わずに俺を放っておいてくれる。 「…ふっ……」 目の奥が熱い。熱くてたまらない。 そっと顔に手を当てると、暖かい感触が指を濡らした。 その感触で、実際に頬に涙が流れているのだと視覚でも自覚する。 「……う、ぅ…」 頬にやっていた手を口元に動かして、 漏れそうになる声を、指を噛むことで抑える。 その間にも俺の両の目からはさらにどっと雫が溢れ、零れ落ちてゆく。 ぽた、ぽたり、と手にしている冷凍食品に雫が落ち、霜の中に点を作った。 歪む視界の中で、俺はガスコンロを睨み付ける。 涙を流したまま。 立ったまま。 声を押し殺して、泣き続ける。 胸が痛いけれど。 それでも俺は立ったまま。どれだけ涙が流れようと構わない。それでも絶対に膝は折らない。 …そう決めた。 唇を噛締め、目と心に湧きあがる想いを叫んでしまいそうになる衝動を必死に押える。 届かない言葉を叫んだって、意味が無いのだから。 俺が中鍋とフライパンを使ったことは過去一度も無く、使ったことがあるのは、ただひとり。 「……!!」 目を見開く。 今でも夢に見る『その姿』が、 その背中が、目の前にある。 鍋を、 フライパンを、 それらを手に、楽しそうに料理の腕を振るっていた、『その姿』。 帰ってくる俺が最初に見る『その姿』はいつもこの背中だった。 でも、アイツは俺の期待通り、後ろに立った俺を振り返る。 俺がどんなに晩く帰ってきてもいつも、アイツは、 (コイツは――――) 笑顔で、 『おかえり。しんいち』 「かい、と」 何も考えられずに俺はただふらふらと手を伸ばす。 ―――――――――でも、今となっては―――――――― 触れる、と思った瞬間消え失せる『その姿』。 「――――っ!!」 伸ばした手は虚空を掻き、 バランスを崩した俺はあっけなくその場に倒れた。 「…ハ、ハハ、……」 はじめからわかってた。 幻だって、触れられない存在だってわかってた。 俺は床から天井を仰ぎ、泣き顔に自嘲の笑いを浮べた。 何度、こうして幻に縋っただろう。 堰を切った様に喉から嗚咽が漏れ始める。 「…いと、かいと…!」 胸が痛い。 涙が目尻を伝って床へと落ちていく。 胸に湧き上がるモノは、寂しさか、切なさか、悲しさか。 震える手で自分の身体を掻き抱きながら。 『オマエに会いたい』と、 強く。 強く強く、願う。 「かいと…かいと…かい、とぉ…っ!!」 かいと。快斗。黒羽快斗。 ―――――――彼が最後に残した痕跡を…俺はずっと消せずにいる。