12月23日、21時半から少し過ぎた頃。



俺は疾走する車の中から、外を流れていく街並をぼーっと眺めていた。


クリスマスのイルミネーションがあちこちに輝く街。

キラキラと鈴やら星やらサンタやらの形をしたネオンが夜の街を埋め尽くしている。

その街並を眺めつつ、これじゃ本物の星が見えないな…と嘆息した。

運転席でハンドルを握っている木刑事が、バックミラーで俺の顔を見ながらにこにこと口を開いた。


「いや〜でもよかった!22時までには工藤君の家に着きそうだ」


彼女に何されるか分からないからねぇ、と冷や汗混じりに語る高木刑事にピンときた。


「あ。まさかそれで警部達あんなに…?」

「そう、哀ちゃんに『22時がリミット』って言われたんだ」


その名前に正直俺はやられたと思った。

熱中すると周りが見えなくなる俺の為に、彼女は予防線を張っておいたのだろう。


だが、これではある種の脅迫だ。

己の所為で巻き込んでしまっている警察の人達に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「……すみません。僕の所為で…」

「何言ってるんだ工藤君!」

「え?」

「確かに彼女には言われたけど…それが無かったとしても僕らだって同じ事していたさ」

「…はぁ」

「でも、やっぱり怖いものは怖いよなぁ…」


と苦々しく笑う刑事。

俺は心の中で、ハハ…と半眼で乾いた笑いを漏らした。


【 The Last Show ---- A Holy Night 4 ---- 】
そうしているうちに車は本通りを外れ、見覚えのある住宅街へと滑り込んだ。 もうじき自分の家。 木刑事がハンドルを切ると、車は路地の角を曲がった。 直後。 ふっ、と視界の端を掠めて行った人影――――― 「―――――― っ!!」 俺は目を見開いた。 「止めろっ!!」 「えぇっ?!」 キキッ、と甲高い音を立てて止まった車から、いささか乱暴に飛び降りて、 そのまま全速力で先程の影を追った。 「くっ工藤君ーーっ?!」 後ろの方で足音と共に木刑事の声が聞こえたが、今は気にしていられない。 体力のない体で息を切らしながら、俺は先の人物を引き止めた。 その背中を見失わなかった事に安堵しつつ、 息を整えながら、目の前に立った老人に質問する。 「……何故、こんな時間に俺の家に?」 「…貴方様に、どうしても伝えておきたい事が御座います」 「伝えたい事…?」 「新一様、どうかご同行を…!」 強く思いの篭った言葉を告げ、深々と頭を下げた彼に、俺は尋常ならぬ理由を予想し、目を細めた。 伝えておきたいこと…。 それは紛れも無く、快斗の事についてだろう。 彼の思い詰めた様子に胸の中を不安がざわめく。 何が起きたというのだろうか。 「工藤君!…あれ?この人は…?」 「すみません木刑事。僕この人とちょっと話さなければならなくなりまして…」 「う…で、でももうすぐ22時…!」 「彼女には俺から言っておきますから大丈夫です。車、ありがとうございました」 「あ、ああ…」 「では、寺井さん」 行きましょう、という意志を含めた視線を寺井に向ける。 その視線に頷いた寺井は停めておいたらしい車のドアを開け、どうぞと俺を招き入れた。 その沈んだような寺井の様子に、俺は多少ならず不安を覚えた。 江古田に向かって走る車の中突然、寺井は俺に詫びた。 「新一様、急にお誘いして申し訳ありません」 「いえ、構いません。伝えておきたい事、それは…快斗の事なのでしょう?」 「…はい」 「なら何故、今になって…!」 快斗に関連する情報を隠していたとでもいうのだろうか。 それなら、それなら何故、3年前に教えてくれなかったのだろう。 悲しみや怒りに似た感情が押し寄せ、俺は拳を強く握り締めた。 そこへ、寺井が口を開いた。 「……私達も全てを知っていた訳では御座いませんので…」 寂しそうに、悲しそうに言葉を紡いだ寺井の横顔を垣間見て、俺は目を見張った。 もしも。 もしも『伝えておきたい事』に快斗の意志が込められているとしたら、 彼がそれを破ってまで俺自身に伝えてくれようとしているとしたら…。 俺は、どうすれば…? 「……詳しくは中で。着きましたよ」 誘われるままに車を降りて、門を潜り、そのまま庭を通って、 俺は黒羽邸の玄関扉に手を掛けた。 (ここが…快斗の家…) そういえば、と気付く。 快斗が俺の家に押し掛けてくる場合が殆どで、俺自身は快斗の家に行った事が無かった。 あまりにも自然に忘れられていた家庭に、俺は何者かによる作意を感じとる。 そしてこの場合の何者かとは、紛れも無く…。 ぐっと扉を引いてその扉を開けた。 玄関先には、黒髪の女性が立っていて、俺は目を見張る。 その女性の背負う気配があまりにも重苦しいものだったから。 「アナタが…新一君ね」 「貴方は…」 「快斗の母よ。ごめんなさいね。夜遅くに突然呼んでしまって、悪い事をしたわ」 すまなさそうに微笑む快斗の母。 その微笑の中に快斗の表情を見つけてしまい、やはり親子なんだと実感する。 「それよりも、伝えたい事とは…?」 「そうね。時間が無いし、前置きはよしましょう」 冷や汗が滲んでいるらしい額に手を当て、目を伏せながらふぅっと息を吐く彼女。 気を落ち着かせているのだろう。以前何度も見た仕草に、俺は悲しくなる。 その仕草は快斗もよく行っていたもので、 マジックジョーの本番前など、よくやっていた事を思い出す。 「…大丈夫ですか?」 『大丈夫か』と声を掛けると、 「ええ、ありがとう」 『うん、ありがとう』と嬉しそうにニッコリ笑って、首に手をやっていたその仕草。 (ああ…同じだ) なんで親子というものはこんなにも似てしまうのだろう。 「…新一君。ひとつ質問するから、絶対に本音で答えてね」 偽り無い答えが欲しい、という彼女に俺は無言で頷く。 「新一君は快斗を―――――」 瞬間、ゴォッ!と風が吹き抜け、木々のざわめきが彼女の言葉を攫う。 寺井には聞こえなかったらしく、首を軽く傾げている。 だが。 「―――当然。」 ぱっと口から出てきてしまった言葉がなんだか恥ずかしくて、俺は顔を伏せる。 (………でも、俺らしいかもしれないな) そう考えて、クスリと笑うと俺は答えを待っている彼女に心からの笑みを向けた。 「…馬鹿、みたいに」 もしかしたら俺が向けていたのは泣き笑いだったのかもしれない。 少し驚いた様に快斗の母は目を見張っている。 それでも、コレがきっとなによりも真実の答え。 すると、快斗の母もすごく嬉しそうな顔で笑って、 「ありがとう、新一君」 そういうと彼女は中の階段を上がって二階へと進んでいった。 寺井に視線を向けると満足げに頷かれたので、上がっていいという事だろう。 パタパタと快斗の母を追う。後ろには寺井が着いて来ていた。 「ここが、快斗の部屋よ。アナタに伝えたい事は全てココにあるの」 「その事とは一体…?」 「見れば、分かるわ」 多くを語ろうとしない彼女は扉の前を俺に譲った。 「……」 少し躊躇いながらドアノブに手をかける。 くるりと回して中に入るとそこは普通の高校生といった部屋だった。 工藤邸にある快斗の部屋も似たような感じだと俺は判断する。 中に足を踏み入れると、なによりも目を惹いたのが大型のパネルだった。 マジシャン、だろう。それも舞台中の。 しかし、俺の目を惹いたのはその写真ではなく…、 「…?」 左下の方にある小さな傷のようなモノ。 よくよく見てみればそれは直径2cm程の円型の凹みだった。 そっと指で触れてみる。 …ガコ、ン! 「わっ!」 凹みの部分に人差し指で触れた瞬間、パネルの端が外れた。 これは…。 「隠し扉…!?」 「……おっどろいたー。快斗ったらホントに呆れるくらい馬鹿ね〜」 「ハハ…;」 驚いている俺を一人残して、 快斗の母はケラケラ笑い、 寺井はそんな彼女を横目に困り笑いを浮べていた。 「…へ?」 隠し扉の存在に驚かないということは…前々から知っていたのか? いまいち状況が掴めない…と苦悩していると、快斗の母が傍に来て肩を叩いた。 「この仕掛けは快斗の指紋が鍵になるように、快斗自身が改造したものよ。もしも、アナタの指紋で開いたら、その時 は全て教えようと思っていたの」 開かなかったら…私は先代までの事しか教えなかったわ。 「…先代?」 彼女の言っている事が理解できず、首を傾げる。 「でもコレで分かったわ。あの馬鹿息子もアナタに全てを知って欲しかったみたいだし、私が知らせてもいいわよね。 あなたの指紋が鍵になっていたのがその証拠よ♪」 至極明るく言う彼女の気迫に、多少ドキドキしながらパネルを見た。 薄く開いた回転パネルのその先には、小部屋があるように見える。 「あれって…」 ふらふらと誘われる様にパネルを押し開け、小部屋の中に入る。 コツ、と足に当たったモノを拾い上げると、それは何か機械の部品だった。 部屋の床を見渡すと、快斗の部屋から差し込む光によって床に転がる数々の小道具が視界に現れた。 …中には何処かで見た事のあるような特殊銃も見え、俺の思考にはサッととある推測が過ぎる。 そんな中、俺は正面に掛けられているモノに気が付いた。 「……っ!」 乱雑に放置されているような部屋の中でも、それだけはキチンとハンガーに掛けられ、悠然とした存在感を保ってい た。 ソレが何か、俺は知っていた。 これは。 このスーツは…! 「新一君、今これからアナタが知る事は事実だけれど、真実とはまだ言えないわ」 「……何故…快斗が」 「それはあのコに直接訊きなさい。私が言ってもそれは事実でほんの表面でしかないの」 「快斗が怪盗キッド…?!」 「そうよ」 「……まさか…アイツはずっと俺を騙していた、と?」 「結果的にはそうなってしまったわ。でもね、あのコはあのコなりにいっぱいいっぱい悩んでいたわ。アナタに真実を 告げるかどうか…犯罪者の自分が、探偵であるアナタの傍に居ていいのかってずっとひとりで…」 「そんな事…俺、気付けなかった…」 「あのコのポーカーフェイスは父親譲りの鉄壁。アナタの所為じゃないわ」 母親の私でさえ、わからない事の方が多いのよ? 「奥様…そろそろ」 「わかってるわ寺井さん」 快斗の母は拳をぐっと握り締めると、真剣な眼差しで俺の目を見た。 「新一君、もう時間が無いから手短に言うわね。アナタには快斗を助けて貰いたいの。アナタにしか出来ないわ…」 「快斗を救う…?」 「新一様、3年前のあの事件はぼっちゃまがキッドとして敵対していた組織の者による犯行です。キッドの正体が組織 側に知れ、ついにあの夜…」 「快斗は…快斗は無事なんですか!?」 「はい。先日出された予告状がその証拠かと」 「いい?問題なのはその予告状。内容によってはあの馬鹿息子、二度と戻らないつもりかもしれないわ」 「そうか…正体がばれている以上、もう戻れないと考えてるかもしれないと…」 「そう。おそらく今回の仕事は、長年怪盗キッドを追って来た中森さんや、観客の人々に別れを告げる為のショー」 予告状はいわば、それへの招待状よ。 寺井が後ろ手に隠していた書類を俺に差し出し、不思議な表情で俺を見守る。 受け取った俺はその視線を少し気にしながら書類を見て、驚く。 「これは…!」 それはとある闇企業についての裏の資料と、 今回の現場であろう場所周辺の見取り図だった。 「以前…怪盗キッドとして活動する際には、快斗ぼっちゃまから私に必ず連絡がありましたが今回は無く…快斗ぼっち ゃまの事ですから、私を巻き込む事を怖れての事かと思われます」 「その今回の現場が…杯戸シティホテル近辺…?」 「その場所がアナタ達にとってどんな場所か私達は知らないわ。でも、あのコのことだから何かあると思うの」 「……」 「…心当たり、あるのね?」 「ここがもし、始まりの場所だとしたら…?」 「始まりの場所で終わりを告げる…か。そうね、あのコはそういうコよ」 「っ!」 今度こそ、快斗が消えてしまう…? 絶望感にとりつかれた俺の手を、快斗の母がぎゅっと握り締める。 「犯行時刻は明日の10時。お願い、もう一度あのコの傍に居てあげて…!」 その手からも、言葉からも、切ないほどの想いが伝わる。 この想いを俺はずっと見てきた。 木刑事、佐藤刑事、目暮警部、阿笠博士…ちょっと素直じゃないけど灰原。 ほかにもたくさんの人々が、彼の存在の消失を悲しんだ。 手に快斗の母の想いを受けながら、快斗を想う。 (快斗、お前はたくさんの人々に必要とされているんだ…それなのに) 悲しませて、ばっかり。 そういう俺も悲しませてばかりだけどな…と自嘲して目を伏せる。 怪盗キッドが、快斗。 その事実には確かに驚いたけれど、何故か悲観しない自分がいる。 逆に、彼の笑顔の裏が垣間見えたかのようで嬉しいのだ。 俺はもしかしたら、キッドの現場まで野次馬に行っていた快斗の行動になにかしら感じていたのかもしれない。 それに、快斗がくだらない理由でそういう行動を起こす筈が無い…と、 確信できる。 「どんな形になるか、お約束は出来ませんが…」 「…」 言葉を待つ快斗の母に心を篭めて告げる。 その想いを言葉にすると顔は自然と綻んで、心からの笑みを作り出す。 「俺は快斗の傍に居たいと思っています」 そう。 それがたとえどんな形になろうと絶対に後悔なんてしやしない。 快斗の傍に、居られるのなら。