地上ではクリスマスのイルミネーションがキラキラと輝き、

夜の街に一層の輝きを魅せていて、

集まる人々もみんな笑顔。


そこに待ち侘びた魔法使いが現れれば、

尚更夢のような夜と化す。


そう、夢のような――――最後のショー。




「ちょっ待て、キッ―――――――快斗っ!!」



身を切るような寒風が吹き荒ぶ、夜の屋上で。

白い姿に必死に手を伸ばした。




二度と虚空に手を伸ばした腕を見なくて済むようにと。

誰よりも会いたいのにと。

強く…。



【 The Last Show ---- A Holy Night 5 ---- 】
彼の傍に居られるのなら、 どんな形であろうと構わない。 「快斗に直接色々訊いてみます。寺井さん、資料…ありがとうございます」 そう言って、頭を下げる。 「…新一君、今更かもしれないけれど…差し出がましい真似をしてごめんなさいね。…それでも私達は、快斗から 新一君という存在を消したくはなかったのよ」 快斗の母の表情が切なげに歪む。 3年前、"快斗が消えた"と知った時も気丈に振舞っていた彼女が、 今、俺の目の前でぎゅっと胸元を押さえながら切に語るその姿。 その姿を見て、彼女がどれだけ強く息子である快斗のことを案じ、想っているかを強く感じた。 「私達はあのコから色々なモノを奪ってしまったわ。夢も、生活も、平穏さえも。それがあのコの 決めた事であのコの意思だとしても、償う義務が私にはある。…新一君」 「…はい」 「忘れないで。あの日の夜…あのコがアナタに全てを告げるつもりだったコト」 それを決心しただろうその日にアナタから離れなければならなくなって、 アナタの傍に居られる平穏を失って、絶望しているコトを。 「あのコが共に戦えるのも、逆にその姿を曝け出す事が出来るのも新一君…アナタだけ」 その事を、忘れないで。 「はい」 俺はぐっと拳を握り、頭を下げて快斗の部屋を飛び出した。 「大丈夫でしょうか…」 寺井が心配そうに呟く。何に対しての『大丈夫』なのかは分からないが。 その呟きに、快斗の母はニコニコと笑って平然と返す。 「あら平気よ。それにしてもウチのコもホントイイコを見つけたわね〜♪」 先程までの雰囲気は何処へやら。 はしゃぎまくる母に、寺井はさらに不安そうな表情を浮かべた。 「絶対大丈夫よ。新一君の目を見なかったの?」 絶対ウチのバカ息子を捕まえてくれるわ。 「はぁ…だと良いのですが…」 「それにね」 「?」 「キッドの正体を知った新一君に追ってこられたら放っておける筈が無いの!快斗は新一君に関しては大バカなんだから!」 「た、確かにそうかもしれませんな…」 自信満々に語りながら部屋を出ていく母を横目に、 寺井はその可能性を否定できないままパネルを元に戻した。 そこに佇んでいる人物を見上げ、二代に渡る数々の闘いを思い返す。 「盗一様…」 さらに何か呟こうと口を開き…止めて、踵を返し、部屋から出て行った。 「……っ!」 快斗の家を出てすぐ、路地を曲がった所でしゃがみこんで、書類を目の前に広げる。 その資料の情報を素早く頭に叩き込み、ニィ、と口の端を上げる。 (ずっと欲しかった情報だ…!) 勝利を確信した笑みを称えながら、書類を捲りつつ上着の内側から携帯を取り出す。 「…あ、目暮警部ですか?スミマセンもう一度お伺いしたいのですが…はい、大丈夫です」 場所を告げて、通話を切る。 二つ折りの携帯を閉じて、星が煌く夜空を見上げた。 「ふぅ…」 ゆっくり深呼吸をすると冷えた空気が肺に入ってなんだか心地よい。 冷えた指先は感覚が無いけれど、構わずそのままぐっと握り締める。 3年間探した快斗への手掛り。 やっと掴んだ今、募るのは彼への強い想い。 (早く、会いたい…) エンジン音を響かせてこちらへ走ってくる車。 その眩しいくらいのライトに目を細める。 これで後は仕上げをするだけ。 2人に感謝しなきゃな…と遠ざかる快斗の家を遠目で眺め、書類を抱えた。 ――――翌日24日   21:30前後  ○×ビル付近 ダンッ!! 「今日こそキッドを捕えてやるぞー!!」 「「「「おおおー!!」」」」 パトカーのボンネットを叩いて怒鳴った中森に合わせて警官達が物凄い剣幕で叫ぶ。 予告状には暗号で最後のショーと書かれていた。 そんなコトを言われては、生涯キッドを追って来た中森の気合もどことなく違う雰囲気。 (なんか中森警部…うっすらと涙目のような…) ひっそりと心の中のみで呟いた新一はというと、物陰からその様子を観察していた。 警察と野次馬の皆さんが集まっているここは、杯戸シティホテルからふたつ向こうの企業○×ビル。 予告状に書かれた暗号文を解くと、怪盗キッドは22時にこのビルの3階に現れるとあった。 適当に誤魔化して目暮警部から流して貰った予告状の暗号を俺自身で解いても、同様の答えが出た。 俺は『怪盗キッド』の捕り物に参加する訳ではないので、誰にも見つかるまいと帽子を深く被り、物陰に潜んでいる。 ビルの周囲を、噂を聞いたたくさんの野次馬が囲んでいた。 マスコミもあらゆる放送局が来ているのではないかという程の数が犇めき合っていて、やたらと盛り上がっている。 これなら、アイツも忍び込み易いだろうなぁ〜と思考の隅で考える。 すると、警察の気配がざわわっと動いた。 だがキッドが来たゆえの騒ぎではなく、 感極まったらしい中森警部がボンネットの上に伏し、よよっと泣き出していた。 その姿を見て、周りの警官までめそめそともらい泣きしている。 その光景を見た野次馬や報道陣までもが涙…とまるで大物スターの引退ライブ前のようなおかしい光景に、 正直俺は頭を抱えた。 暗号文を解いた後の予告状に書かれていた文はこうだ。   【 ―― Holy night p.m.22 ○×ビル        久方なる月の輝きが増す夜、全ての客に敬意を表して。        愛する客への永久の別れと共に私は参上する。                      怪盗KID  THE LAST SHOW 】 何かを盗むというわけでもない。 ただ、【最後のショーをやる】と書かれているソレに、俺は唇を噛み締めた。 (オマエは、永遠にオレの前から消えるつもりなのか…!) 【 愛する客 】とはもしかしなくとも自身のことであろう。 もしも、今日捕まえる事ができなかったとしたら… 【 永久の別れ 】…つまり、今日を逃せば、もう二度と会うことが出来なくなってしまうのか。 次第に迫ってくる予告時間を前に、 新一は会えなくなるかもしれない悲しさと喪失の恐怖に身を震わせた。 ――――――24日 22:10頃  杯戸シティビル、屋上。 予告時間通りに○×ビルに現れた怪盗キッド。 (最後に遅刻しちゃ、警部に失礼だからな…) 最後とばかりに派手にマジックを披露し、観客を沸かせて。 警察の涙ながらの追跡を受けながら、杯戸シティビルの屋上に降り立つ。 「………」 だが降り立ったと言ってもソレは追跡を減らすための焦らしで、 降り立った所は柵の上。 すぐさまダミーのキッドバルーンを別方向に飛ばすと、 柵の上をバランス良く駆け抜け、飛び立つ姿勢に入る。 バサリと羽を広げ――――――――――飛ぶ。 直後。 「ちょっ待て、キッ―――――――快斗っ!!」 「!」 柵から足が離れ、身体が宙に浮く。 「え?…?」 今聞こえた声は、聞き違える筈もなく確かに愛しい人のもの。 既に飛び立ってしまった身を捻り、振り向いた先の屋上には、 人の姿は無い。 「………しんいち…?」 『会いたい』という願望が、幻聴となって彼の声を聴かせたのだろうか…? (でも【快斗】って…なんで…) ここ数年呼ばれていない名前を呼ばれ、動揺を隠せない。 しかし、そもそも彼は自分の正体を知らない。 (…『泥棒なんて興味無い』って断言してたアイツが来る筈、無いか) これで最後なんだから。 そう思い直し、そのまま空を駆けた。 「っは…はぁ、はぁ……かい、と…」 身を切るような寒風が吹き荒ぶ、夜の屋上で。 白い姿に必死に手を伸ばした…けれど、 ――――――――届かなかった。 荒い息のまま金網に手をかけ、 ぐっと強く握り締める。 「…は、…っちくしょ……」 あまりな程の己の不運に舌打ちする。 (間に合う筈だったのに……!!) ―――予告時間から15分程前。 新一は杯戸シティビルに来ていた。 快斗なら、逃走時に必ずココを通ると確信して。 屋上で待ち伏せようと、突然の『工藤新一の来訪』にそわそわしている管理人に断ってエレベーターに乗り込んだ。 ―――そこまでは良かったんだ。 そのエレベーターが突然止まるまでは。 原因不明の故障だった。 停電と言うわけでもなく、何故か突然屋上まであと3・4階の中間地点で止まってしまったのだ。 初めは何かの陰謀かと己の不運を呪った。 いつまで経っても復旧する気配を見せないエレベーターに焦れて、いつかのツインタワービルの時のように点検口から脱出。 その時にはもう予告時間は過ぎていて、慌てて走るも屋上に辿り着いた時には惜しくキッドは飛び立った直後だった。 叫んでも伸ばしても、届かなかった声と手。 だが、今となってはどんなにエレベーターを恨んだとしても、不運を呪ったとしても、 目の前の現実は変わらない。 間に合わなかったんだ。俺は。 両の目からぼろぼろと涙が零れ落ち、耐え難い喪失感が我が身を襲う。 「………っ!」 (もうお前は二度と戻って来ないのか…?) 金網を掴む手からも、その場に立つ足からも力が抜けて膝を折り、 俺はずるずるとその場に座り込んだ。 「……かいと…」 アイツが戻らないなんて、耐えられる訳が無い。 涙が溢れ続ける虚ろな瞳を地面に向けたまま。 寒風に刻々と時が経つのを感じながら。 新一は呆然とその場に佇んでいた。 どうやって帰ってきたのだろう。 気が付くと、俺は自分の家の台所に立っていた。 帽子を被っている辺り、ふらふらと無意識で戻ってきたのかもしれない。 この、『快斗』を感じられる場所に。 「…」 目の前には快斗の使っていた中鍋とフライパンがある。 「……」 けれど、もう俺の目には涙は溢れなかった。 ただただ虚ろな目をそれらに向ける。 「…オマエが戻らないんなら、もう……」 片付けるべき、かな。 そっとフライパンに手を伸ばし、柄を撫でる。 結果。 お前は俺を巻き込まず、寺井さん達にしたように護りきれたのかもしれない。 でもな、俺は巻き込んで欲しかった。 巻き込まれても構わなかった。 傍に居られるのなら、 俺はただ、 お前の――― 「「傍に居たい」」 「―だけ……………え?」 気が付けば、誰かに背中から被さる様に抱き絞められていた。 フライパンに掛けた手もそのまま包まれ、ガタリとフライパンを元の位置に戻される。 何が起こったのか理解できず、されるがままにしていた俺の手、 いつのまにかもうひとつの手にきゅっと握られて、温かい抱擁を受けていた。 身体中に温かさが染み渡り、目を見張る。 まさか、と思う。 何度も見た夢が脳裏を掠めて胸が痛い。 見開いた目を前に向けたまま、思わず呟いた。 「夢…?」 「…いやだよ。もう何度もこうしてる夢を見たんだ」 もう見たくないよ。 ……それは、俺も同じ。 「しんいち…」 「……かい…と…?」 「うん…」 ゆっくりと振り返ると、後ろには。 紛れもない、ずっと夢見ていた快斗の姿。笑顔ではなく、今は目に涙を溜めているけれど。 おそるおそる右手を伸ばし、止める。 ―――――夢はこの後で消えてしまった。 一瞬の躊躇に快斗はソレを悟ったらしく、俺の手を取って快斗自身の頬に当てて、 涙目でニッコリと笑った。 「夢じゃない」 少し低めの声でそう言われた途端、両目の奥が熱くなって涙が溢れた。 ぎゅっと目を瞑ると、ぼたぼたと涙がとめどなく溢れて床に落ちていった。 「ごめん、新一」 断りの後にきゅっと抱き締められ、久しぶりの温度が嬉しくて、 またどっと涙が溢れる。 力が抜けていた腕を無理矢理上げて、ずっと求めていた背中に回す。 とん、と触れる背中。 触れられる背中に、俺はもう涙が止まらない。 やっと、快斗が戻ってきたんだ。 堰きを切る様に漏れ出す嗚咽を止められず、俺は快斗の肩に顔を埋めた。 その俺の頭を抱えてくれる快斗の手がたまらなく嬉しい。 「…かいと、かいとかいとぉ…!」 「ずっと、ずっとずっと会いたかったよ、新一」 「ば、かやろ…俺も…お、前に、ずっと…!」 「うん、ありがとう。ごめんね…これだけは言わせて?」 「…な、に?」 肩から顔を外し、快斗に向ける。 すると彼は嬉しそうに微笑んで、俺の頬を快斗の両手がやわらかく包みこむ。 俺の目を覗き込んで、 「おかえり。しんいち」 彼はそう言うと、やさしく額にキスをして、言った〜vとばかりに極上の笑みを浮かべた。 その言葉に、また俺の目から涙が溢れる。 「……言ってくれないの?」 泣き続けている俺の涙を舌で掬いながら、今度は困り笑いを浮かべた快斗。 (…うに、決まってんだろ) 「言うに決まってんだろ!夜飯よこせ!」 泣き笑いを浮べて『いつものコトバ』を怒鳴ると、 一瞬目を丸くした快斗は次の瞬間嬉しそうに破顔して、大きく頷いた。 「任せて♪」 そして、どちらからというわけでもなくお互いの唇にちゅ、とキスをひとつ。 ふたりとも顔は涙でぐしゃぐしゃだったけれど、 嬉しくて嬉しくてずっと笑い合っていた。 そしてもう一回。 「おかえり、快斗」 「…ただいま、新一」 3年間ずっと、貴方に会うことを夢見てた。