「…な、んで…?どうして!?」
「寺井さんと、叔母さんから」
「ちっがーう!俺が訊いてンのは、どうして新一があの場所に来たかってコトだ!」
俺が、あの怪盗キッドだって知った上で―――――!
何故!?
その身に抱えた疑問をめいっぱい撒き散らし、強い眼差しで問い詰める。
彼は俺から目を逸らさず、
俺も彼に目を逸らす行為を許さない。
つい数分前に念願の再会を果たし、手放しに抱き合って喜んでいた筈の新一と快斗…だが。
今となっては遅い夕飯の乗ったテーブルを鋏み、不穏なオーラを纏いながらお互いを睨み合っていた。
【 The Last Show ---- A Holy Night Something ---- 】 |
「馬鹿かお前」
「あぁ?!」
「何故お前は、俺が行かないって思うんだ」
「そりゃ」
「お前が怪盗キッドだからか?例の組織に狙われるかもしれないから?ンなの関係ねぇよ」
「でも」
「でももだってもねぇ!オ・レ・が行きたかったの!!以上。」
『オレが』の辺りを妙に強調させて怒鳴った新一は3年ぶりの【快斗の手料理:あったかチーズミートスパゲッティ】
が乗った深皿の淵に人指し指を掛け、ずずずと己の方へと引き寄せる。
だが快斗も負けてはいない。
すかさず皿の両端をはっしと掴み、皿を譲らずに快斗も負けじと怒鳴りつける。
「ンなコトで納得出来るか!!」
「しろ」
「ヤだ」
「離せ」
「ヤだ」
「帰ってこないつもりだったクセに」
「なっ…?!」
何故ソレを、と戸惑う快斗を、強い意志を持った蒼い双眸がギロリと見据える。
「お前が怪盗だろうが魔王だろうが、オレ様的にはそんなこたァ関係ねぇ」
『魔王?』と何処か遠くで疑問に思う快斗の思考に気付いた新一がさらに快斗を強く睨む。
「快斗。なんでお前はオレを信用しねぇンだ?」
「…はぁ?!」
今の質問は快斗にとってコレ以上の無いと言っても過言ではない程の愚問だった。
快斗は新一を心から信じているし、愛している。
この3年間、組織に追われた日々の中で快斗が新一を忘れた事は一日、いや、1秒すらなかった。
それほどに大好きな相手から『信用してないだろ』と言われてしまうなんて。
新一の質問に快斗が甚大なショックを受けてテーブルに突っ伏した。
皿に掛けられている快斗の手が緩んだ隙に新一は素早く皿を奪い、両手を合わせて『いただきます』と一言呟いた後に
口をつけた。
「…うま♪」
「そう?ヨカッタv――――っじゃなくて!俺は」
「信用してンだったら、何故俺に話さなかった?」
「…俺だけの問題だもん。巻き込みたくなかったし」
そっぽを向いていじける快斗。
そんな彼を新一はフォークにくるくるとスパゲティを巻き付けながらじっと見る。
「新一は…」
「?」
「新一は俺がキッドだって知って、何も思わなかったの?」
「何が」
「いや何がじゃなくて」
「何か思って欲しいのか?」
「…わからない」
「……確かに、何も思わなかったと言ったら嘘になるな」
びく、と身を震わせる快斗に、新一は首を横に振って苦笑する。
「違う。そんな意味じゃねぇ。ただ、『なんで気付いてやれなかったのか』とは思ったけどな」
「それは、新一の所為じゃない」
泣きそうな顔をして首を横に振る快斗。
そんな快斗をちらと見て、新一は目を伏せた。
「…いや。俺は俺自身の探偵というそれで、知らずとはいえ闘いの中に居た快斗を長く長く悩ませた。いつも隣に居た
のに…捌け口になってやれなかった。だから…」
もうオマエの隣に居る資格なんてない。
「!」
いつの間にか、新一の手にはフォークではなく重そうなトランクの取っ手が握られていた。
重そうな四角いソレが何なのか、快斗は一瞬理解できずに身体を固めた。
「……?」
ゆるゆると顔を上げて新一の蒼い瞳に視線を戻す。
透き通る蒼がとてもとても綺麗で、快斗はその瞳が好きだった。
見惚れてしまいそうになるその瞳が、今は悲しげに揺れていた。
それが意味するモノとは。
一瞬の内に、快斗の頭の中は真っ白になった。
「し、んいち…?」
「ごめんな、快斗」
目を見張ったまま問う快斗に、悲しそうな顔をして一言告げて背を向ける新一。
はっと我に帰り、新一を追い駆けようとする。が。
腰が抜けたのだろうか、椅子からどうしても立てない。追い駆けられないもどかしさに快斗は舌打ちする。
その間にも遠ざかる彼の背中。力の限りその背中に手を伸ばしても。まるで届かない。
「―――ヤ、だ」
喉から勝手に声が漏れ出る。
やっと帰ってきたのに。やっと会えたのに。やっとこの手で触れられたのに。
新一、やっと、夢じゃないお前に会えたのに。
なのに消えてしまうの?俺の隣から。
絶望と恐怖に煽られた快斗は絶叫した。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ
行かないでくれ。頼むから。ずっと傍に居たいだけなんだ。
俺の重荷を新一に背負わせたくない。俺の痛みを感じて欲しくなんかない。
ダイスキだから。
ダイスキだから――――離れたんだよ?
俺がいけなかった?俺が馬鹿だった?離れるべきじゃ、なかったのかな?
しんいち、しんいち、しんいちしんいちしんいち。
寂しかったよ。
寂しかったんだよ。
何度も泣こうって思った。でも泣けなかった。新一が居ないから。
新一が居ないだけで、もう俺は泣く事も出来ないんだ。
新一の為なら、どんな重荷でも俺が背負うから。どんな罪でも背負うから。
新一が俺の傍に居るなら、俺はもう何も要らない。
ねぇ。お願いだから。もう。俺を。
ヒトリ ニ シ ナイ デ。
「しんいちーーーーーーーっ!!!!」
「うるせー!!!!」
どかっ!
「朝っぱらからうるせえなこのバ快斗はっ!!」
「げほっ…し、ん…いち……?」
ベッド横の床の上で痛む腹を押さえて起き上がる。と、そこにはトランク片手に去っていった筈の新一が快斗を見下ろ
して仁王立ちしていた。
目を見開いたまま、新一をじーっと見つめる快斗に、新一は怪訝な様子。
「…ンだよ?」
「―――――――新一っ!」
がしっ!どさっ!
「へ?え?」
突然肩を掴まれベッドに押し倒された新一。
上に被さっている快斗を見てさらに目を白黒させる。
「いいかっ!?俺がキッドの事を新一に言えなかったのは信用してないからじゃなくて自分の手で終わらせたかったか
らなんだ!そりゃ何度も何度も話そうかなって悩んだけど、そんな事を新一が気にする必要ないんだよ!?俺が望むの
は新一と一緒に居る事なんだから!頼むから一緒に居よう?!それに捌け口になれなかったっつったか?!ナニ言って
ンだとんでもない!新一はいつでも俺の救」
「――――こ、こ、こ、ンのバ快斗ーっっ!!!」
がんっ!
実に硬そうな音が朝の工藤邸に響き渡った。
ぱたし、ぱたし、とスリッパの音を吹き抜けに響かせて新一は階段を降りる。
その後ろに、頭を撫でながら新一に付いて来ている快斗が居た。
「電気スタンドで殴るなんて酷い新一〜」
「寝惚けるオマエが悪い。大体、ヒトの服を脱がすなっ」
「いやそれは新一に飢えた手が勝手に」
「…コロス」
「きゃー!!」
殺気(もちろんお遊び程度のモノだが)を纏い追ってくる新一から脱兎の如く逃げる。
たたっと階段を全部降りた先、一階の廊下からはリビングがちらりと見えた。
その机の上には片付けられていない深皿。
トランクの影は何処にも無い。
快斗が『やっぱ夢だったんだ』と安堵していると、追いついてきた新一が『あっ』と声を発した。
「なぁ快斗、昨日俺、"『なんで気付いてやれなかったのか』とは思った"って言っただろ?」
「え?」
(…夢じゃなかったのかな?)
「アレ、ホントだから」
「新一…新一は…」
「なんだ?」
「俺がキッドだって知って…、後悔、してない?」
「……」
新一の浮かべているであろう表情を見たくなくて、快斗は顔を伏せた。
してないって言って、笑い飛ばすのか。
してるって言って、冷たい目で睨むのか。
新一はドッチ?
「そーか」
「…は?」
予想だにしていない答えに快斗は目を見張った。というか答えになってない。
顔を上げて見れば、新一は俯いてカタカタと震えていた。
そういえばココは隙間風が激しい吹き抜けの廊下で。今は12月25日。
冬真っ盛りだ。
「ど、どどどどうしたの新一!?寒いの!?」
わたわたと心配そうに慌てて『毛布?!ヒーター?!もしかして風邪かな?!哀ちゃん呼んだ方がいいのかな!?ソレ
ともソレとも俺があっためた方がイイのかな?!!』と大混乱している快斗。最後のが余計だ。
目の前で大混乱一人大会を開催している快斗を新一は蒼い目でギロリと睨みつけた。
思いっきり足を振り被り、
床を踏む左足にキュっと力を入れ、
踏み込み、
今だ錯乱を続ける男目掛けて打ち付けた。
…………!!!!(←文字では到底表現出来ない程惨い音
面白いくらい放物線を描いて飛んで行く快斗。
もしかしたらハンググライダー無しでも飛べるかもしれない。
だが惜しくも地球には重力と引力というものがあり、その法則に従い、快斗の身体は無残にも床に重い音を立てて、落
ちた。
「〜〜〜〜〜っっ、っ〜!!!?!?」
声も出せずに脂汗を顔中に滲ませ身体を丸めて唸る快斗。
その様を仁王立ちで睨み据える新一からは禍禍しいオーラが迸っている。
息も絶え絶えに、快斗は痛む脇腹を押さえながら起き上がって新一を見る。
その快斗の目尻にはちょっぴり涙が。
「な、にすンだよしんいち…っっ!!」
「俺の3年間分のオマエへの想いだ。ありがたく受け取れ」
「はぁぁ?」
良く見れば新一は半泣きで、怒りを露わに肩を震わせている。
「快斗っ!オマエ、俺を馬鹿にしてんだろ!?なめンなよコラ!」
「ばっバカになんてしてないじゃん!?俺は後悔してないかって訊いただけ…」
「ホラしてんじゃねーか!俺にそーいうことを訊く時点でもうバカにしてんだこのバ快斗っ!!」
「!――――…。」
言葉を失った。
呆気に取られる。とはまさにこの事だろうと快斗は思った。
「オマエがキッドだから、こうして俺とオマエは会えたんじゃねえのかよっ!オマエがキッドだって叔母さんが教えて
くれたから俺は現場に行けたんだ!!だから、やっとオマエを見つけられたんだ!!」
快斗の正面で仁王立ちしながら声を荒らげる新一を、快斗はただ呆然と座り込んで。
「わかってンのかよ…」
次々に紡がれていく言葉をしっかりと受け止めながら。
ぽろぽろと涙を零す蒼い双眸を見上げていた。
「オマエは今、俺に会った事を後悔してるって、言ったんだぞ…?」
「―――――――――――っ!!!」
快斗は目を見開いた。
なんて裏切り。
突然消えた快斗を、ずっとずっと信じて待ち続けてくれた新一。
そんな、強く一途に想ってくれる彼に、自分は何よりも酷い言葉で彼の心を裏切ったのだ。
例え自分にとってはちょっとした気持ちの確認であっても。
彼の心には意味を違えて深く深く突き刺さった。だからこその新一の涙。
なんて、酷い。
ぽろぽろと零しながらも、決して顔を背けず快斗を見つめる新一に、快斗の心が切なく揺れる。
この涙はオマエが流させたものだと。
この涙はオマエが流させているのだと。蒼い双眸が告げる。
快斗は床に爪を立てた。痛みを感じるがそんなことどうでもいい。
気付いたら口を開いていた。
「ごめん…新一。俺、ずっとずっと新一を泣かせてばっかりだ」
「…」
「俺は新一と出会えて本当によかったと思ってる。後悔なんてしてない。本当だ。誓って本当だ。新一が居なかった
ら、俺は多分もっと前に死んでた。もう一度、もう一度会うまでは死ねないって思ってた。ホントは3年前のイブに、
キッドの事とか目的とか全部話して、俺と居てくれるかどうか訊くつもりで……でも、…でも、」
「…」
「もう…今になって言っても仕方ないよね。でも、お願いだからこれだけは信じて?新一が大好き。傷つけたくない。
傷ついて欲しくない。護りたい。一緒にいて欲しい。俺の傍にいて欲しい。もう一度新一から離れるくらいなら、」
殺された方がマシ。
「……俺はまだ目的を果たせていない。相変わらず俺の命を狙ってくる奴もいる。新一を危険に曝すかもしれ
ない。……それなのに、俺は、ここに…っ、」
「……快斗…?」
新一が少し驚いたような、複雑な表情を浮べた。
そんな新一を見つめながら、快斗はまるで懺悔するかのような表情で、床に座り込んだままワナワナと身体を震わせて
いる。
目の奥が熱い、と快斗はどこか頭の隅で思った。
「帰ってきちゃったんだ……巻き込むかもしれないのに……新一に会いたくて………帰って、きちゃったんだよぉ…」
しんいち、ごめん、ごめん、しんいちしんいちしんいち。
どうして?
新一に会いたいだけなのに。新一の傍にいたいだけなのに。
どうしてそれすら許されないんだ?酷すぎる。酷すぎる。
好きなヤツの傍にいられないなんて。
新一に会えないなんて。
もう、耐えられない。
急に俯いてしまった快斗に、新一はそっと膝を折る。
「…快斗……!?」
突然訊かれたあまりにも失礼な問いに憤りを覚えて思わずむっとしてしまい、快斗に怒りと涙を向けたまではよかっ
た…のだが。
新一の言葉に相当なショックを受けたらしい快斗は思いの丈を打ち明け、焦点を欠いた瞳から涙を滲ませて『どうし
て?』と自問していた。
今なんて掠れた声で、『ごめんしんいち、ごめん、ごめん』としきりに謝り続けている。
目の前の男は自分から離れる事を心の底から恐れている。
おちゃらけていても、いつもどこか冷静だった快斗がこんなにも己を見失い、涙している。
自分達に訪れた3年間の別離は、お互いの心を深く深く抉っていたのだと、
新一はツキリと痛む心で、文字通り痛感した。
相手の居場所が分からないがゆえに会えない辛さも、もちろん酷く辛い。
けれど。
相手の居場所が分かっている状況で会えない辛さというのは、計り知れないと思う。
事実、数年前に偽りの姿をしていた時。幼馴染を待たせてしまっていた時。
巻き込んではいけない、と心に決めて。連絡を一方的に取った。
結局、彼女にそういう感情を向ける事は出来なかったが、当時はとても辛く、彼女の涙を見る度に無力な自分を歯痒く
思ったのを覚えている。
その上、快斗は、頼る者も頼れる者も全て失った中で、3年もの月日を過ごしてきたのだ。
いくら強い人間だろうが絶えられそうもない程の孤独を生きた快斗の心を想い、新一は身を震わせた。
快斗は言った。自分に会いたかったと。自分に会うまでは…と心の支えにしていたと。
そして、巻き込むかもしれないのに帰ってきてしまったと。新一に繰り返し繰り返し懺悔している。
好きな人からこれほどの想いを向けられて、愛しいと思わない筈がない。
涙を零し、掠れた声でごめんごめんと繰り返す快斗の頭に新一はそっと手を伸ばしてその癖毛をさらりと撫でる。
その手はそのままに、もう片方の腕で快斗の頭を優しく抱き込んだ。
胸に感じる涙で濡れた暖かさに、さらに心が痛む。
きゅっと抱き締めると、ぴたりと懺悔の言葉が止まり、床から快斗の爪が外れるのが見えた。
少しだけ、安心した。快斗の、マジシャンの手が傷つくのはとても嫌だったから。
「もういい。快斗…もういいから」
何が『いい』のか、口にしている新一にも分からなかったが、今の快斗には必要な言葉なのだと思った。
「し、」
「俺は、お前にこの家に居て欲しい。以前のように俺と一緒に」
「…っ」
「頼む。ココに居てくれ。俺の隣に、居てくれよ、快斗」
新一の心からの言葉に、快斗が顔を上げた。
「ホ、ントに…?」
「ああ」
「居ても、いい?」
「居てくれ」
「……危険、かも…しれないのに…?」
再び不安げな表情で少し俯いてしまった快斗。
その頭をきゅっと抱き締めて、ニッと笑う。
「それだったら、」
きっと片付いたさ。
「……は?」
「寺井さんに感謝しろよ?決め手をくれたのはあの人なんだから」
「どういうこ、」
快斗の出した疑問の声は突然新一の腰辺りから鳴り響いた電子音に見事に阻まれた。
「お、ちょうどいいな。ワリちょっと話すぞ」
「へ?へ?」
「ハイ、工藤です。…ハイ…………ハイ、そうですか、わかりました。では僕も午後には本庁に向かいますので、ハ
イ。ありがとうございます」
「…???」
「では後ほど。失礼します」
ぴっ。
「…新一〜?」
「ンだよ」
「午後、出かけちゃうの…?」
先程の涙は何処へやら。新一の背中に手を回し、じとりと睨んでくる快斗に、新一は苦笑を返す。
彼にとっては電話の相手や内容よりも、新一が家に…快斗の傍にいるかどうかの方が大事なのだ。
「まあ確かにな。でも、そんときゃオマエも一緒だ」
「へ?」
「オマエも俺と一緒に行くんだ。快斗」
「なんで?」
ムスッと眉を寄せる快斗の耳元に口を寄せ、ぼそぼそと呟いた。
途端。
「――――――――っ!!?」
快斗の表情が一気に驚愕へと変わった。
その反応に内心ホッとしながら、新一はニィと口の端を上げて笑った。
「聞き覚えあるだろ?」
「イヤ、そりゃ大企業だし…っじゃなくて!!どうして新一が――ま、まさか…!?」
まさか、と先程とは違った意味で震える快斗に、新一はニコリと笑みを向けた。
「俺がさ」
「な、なに?」
「だから、俺がさ」
「ん?」
「快斗を傷つけた奴、まんまと世間に生かしておくと思うか?」
「ちょっと工藤君っ!!帰ってきてるのなら帰ってきたって私にヒトコ――――――――ト」
「「「………」」」
あー。…ココでひとつ、解説をしなければなるまい。
俺の家は玄関を開けると、すぐそこには2階の天井が見えるやたら広い吹き抜け。
正面左手に2階への階段。右手には廊下。
俺と快斗は階段から降りてちょっと廊下側に移動した床に座り込んでいた。
あまつさえ快斗の腕は俺の背中に回っていたり、
俺の顔が快斗の顔に凄く近かったりと、色々だ。その距離およそ10cm。
まあ、なんと言うか。
そこへ灰原が怒鳴りながら玄関を開けたという事だ。
扉を開けたまま、怒鳴ったの姿勢で固まってしまった灰原。
「…よう灰原」
「久しぶり、哀ちゃん」
「……………」
ふっ…と。
宙にキラキラと幻覚のような軌跡を残して、その場に灰原は崩れ落ちた。
ピクリとも動かない彼女を遠目に見て、新一は感嘆の声を漏らす。
「すげー威力だな。一撃か」
「……俺の所為?」
―――――――――――――――――1週間後。
『なにも、なにもなにもなにも元旦から事件起きなくてもよくねえーー?!!!』
『ハハハ…;』
『いい加減離せこのバ快斗っ!仕方ねぇだろーが!!!』
げしっ!
「あ。蹴ったわ」
「そのようじゃの〜」
『………!!』
『…;』
『………!!!』
バタン。
ブロロロロロ…。
…。
「…って音からすると…彼も一緒に現場に行ったってコトかの?」
「やっぱり、彼を一人にできないみたいよ」
「……………どっちが、どっちを?」
長く考えた末にそう訊いてくる阿笠に、哀はため息を漏らす。
そんなもの、答えはひとつしかない。
「それはね、博士…」
「新年早々、青春ね〜」
「佐藤さん…怒りますよ?」
「まあまあ新一。事実なんだから」
大人しく受け入れようね?
「いやー賑やかですね〜」
佐藤の前で『俺の青春はもうとっくに終わってんだよ!』『いーや!新一と過ごす青春はこれからだ!』と訳の分から
ない口論を繰り広げている2人の青年を遠目に眺め、高木はニコニコと感想を漏らした。
「そうだな…。工藤君は黒羽君を探し出せたし、闇組織も検挙出来たし、去年の暮れはそれなりによい暮れだったのか
もしれないな」
「ですよねー。それにもう工藤君を無理矢理帰らせる必要無いワケですし、毎回強制連行していた僕としては良かった
ような、残念なような…ハハハ」
「もう我等が彼女に睨まれることもないだろう。多分な。……そういえば窃盗犯課の奴らは?中森がさっきまで捜査会
議していたろう。そこのデスク一帯で勝手に」
「ああ、怪盗キッドの予告状がまた出たとかで…確か今日の夜じゃありませんでした?」
「でした?って訊かれてもワシは知らんし」
「え〜と誰か知ってそうな人は…と、あ!」
何かを思い出したらしい木は向こうに居る3人に声を掛けた。
「快斗君ー!怪盗キッドの予告って今日の夜だったよね?!」
『そうですよー!確か今夜10時、杯戸シティビル!』
暴れる新一をぎゅうぎゅうと抱き締めながらニコニコと返してくる快斗に『ありがとう』と告げる高木。
どうやら先程の口論には快斗が勝利したらしい。決め手はやはり勢いか。
「快斗君、さすがファンですね。うん」
「だが、去年のイブの件が最後の予告だったんじゃないのか?」
「あれは去年の終わりってコトなんじゃないですか?それかキッドの気が変わったとか」
中森警部、相当落ち込んでましたからね。
「―――で、また意気揚々と警備しに行きおったよ…偽物の予告状かもしれんのにな…」
(偽物じゃ無いんだよねーv)
ずるずると新一の肩を抱いたまま引き摺られてきた快斗は先程の警部達の会話を思い返してニヤリと笑った。
人気の無いベンチによいしょと腰掛ける。
快斗の腕を首に絡めたままの新一は少々よろめきながらも誘われるがまま横に座った。
「コラ快斗。そろそろ離せ」
「いや」
「せめて首はヤメロ。肩凝りになったらどうすんだ」
「じゃあ腰でv」
ごん!
「痛い!」
「自業自得」
「…で、どうだ?」
「大丈夫。変な奴らの動く気配は無いから」
「そっか」
「それにしても…新一って大胆だよね」
「は?」
「俺に『アレ、続けろ』だなんて。フツーなら危険だから止めろって言うんじゃねえの?」
ニコニコと顔は笑いながらも目が笑っていない快斗。
そんな快斗に、新一は真剣な表情を向け、口を開いた。
「止めろって言ったら、お前は止めるのか?」
「…難しいね」
「ホラな。大体、目的果たせてないくせに途中で止めるだなんて許せねー」
「同じく。でも新一のおかげで、大分ターゲットは減ったんだよ♪ありがと」
「…ああ。………って、これじゃあなんか俺が片棒担いでるみたいじゃねぇか…!」
「そんなコト言って、『快斗と対決出来る♪』ってイキイキしてたの誰だっけ?」
「………叔母さんと寺井さんに電話したか?」
「うわ無理矢理」
「るせー!したのかって訊いてンだよ!」
真っ赤になってじたばた暴れる新一を見て、でれれと頬をとろけさせる快斗。
少しして、うん、と頷いた快斗はさらに続けた。
「母さんったら『馬に蹴られるのはゴメンだわ』とかなんとかで、家には帰って来るなって言うんだよ?!酷くねー?
この一人息子に向かって!寺井ちゃんは後ろの方で笑ってるだけだし!」
「馬…?」
疑問符を頭に浮べ、うーんと唸る新一に快斗が向き直り、真剣な表情を新一に向ける。
その整った顔立ちに光る双眸に、新一が密かにドキッとしていると。
「後ね、母さんから聞いたんだけどさ…新一」
快斗が口を開いた。
「…何を?」
「俺を」
「快斗を?」
「愛してるって言ったって?」
「はぁぁあ?!!いってねーいってねー!!!」
断じて!!
と顔をゆでだこの如く真っ赤に染めて否定する新一に、快斗がクスリと笑いながらにじり寄る。
何処と無く怪盗が混ざっているような気がするのに否めない。
卑怯者め。卑怯者め。と新一は心の中で快斗を罵倒した。
「ホント?」
「マジだって!俺は叔母さんに『快斗を信じてるか』って訊かれて、当然って答え…た――」
「…」
「…快斗?」
突然、真剣な気配を纏う快斗にぎゅっと抱き締められた新一は、疑問に思いながらも手を快斗の背中に回す。
肝心の快斗の顔は自分の肩口に埋められていて新一は見ることが出来なかった。
「かーいとー?」
ぽんぽんと背中を叩いてやる。
「…新一」
「ンだよ」
新一の肩口から顔を上げて、快斗はニカッと太陽のように眩しく、暖かに微笑む。
「信じてくれて、ありがとーv」
とても嬉しそうに、快斗は微笑んだ。
一瞬その笑顔に目を奪われるも、新一はそれに答えるように、快斗の右手の指に自分の指を絡めた。
その暖かさ。その存在に、たまらない嬉しさを覚える。
今までの3年間で身に付けた作り物の悲しい笑顔は、もう要らない。
新一は至極綺麗に、心からの微笑みを浮かべた。
ココに居てくれることへの嬉しさと、一緒に今年を始められる喜びに、感謝しよう。
「どういたしまして。」
FIN....//
芳賀ナナト様のサイト(トキノヒキガネ)にて
フリーだったクリスマス小説を頂いてきました。
素敵なお話ですw
前 戻